読書感想文

「魔王」 伊坂幸太郎

平凡な会社員・安藤は、ある日、相手に自分の念じた通りの言葉を喋らせることができる能力(安藤いわく「腹話術」)に目覚める。
ちょうどその頃、頭角を現して来た政治家・犬養。
彼の言動と世の中の動きに不穏なものを感じ取った安藤は、「腹話術」を使って抵抗を試みる。
「魔王」はそんなお話。

もう一編の「呼吸」は、それから5年後のことで、安藤の弟・潤也の物語になっている。

兄の話しの方に千葉という男が登場するのだけど、これはあの千葉さんだよね?
どの千葉さんって、「死神の精度」に登場する千葉さん。
きっと、安藤の調査書になんと記入すべきか判断するために、接触して来たのだろう。
 
 
この本を読む直前に、私は「永遠の0」を読んだ。
話の内容はまったく違う。
時代設定もまるで違う。
でも、この「魔王」を読みながら、安藤(兄)と「永遠の0」の宮部さんの姿がダブって見えて仕方なかった。
世の中の大きな流れの中で、自分の意思を保ち続けようとする姿勢が、2人に共通していると思えた。
流れに身を任せてしまった方が楽だ。
無理に己を貫こうとすれば、折れてしまうこともあるだろう。
それでも、この2人は自分を見失わない。
自分の頭で考え、自分の意志で行動する。
それは、「自分勝手」というのとはまったく違う。
(自分勝手と自由を混同している人が多過ぎるのだ)

世の中を動かして行くのは、「気分」だと思う。
人々が理屈ではなく、気分次第で「なんとなくこっちかな?」という方を選択する。
大勢の人の「気分」が同じ方向に偏ると、世の中が動く。
気分を左右するのは「情報」だ。
マスコミだったり、インターネットだったり、ウワサ話だったり。
情報は至るところにある。

「勝ち馬に乗る」と言うが、必ずしも数が多い方が勝ちとは限らないので気をつけた方がいい。
自分では正しく選択をして、順風満帆なつもりで居ても、実はそうではなかったという可能性は十分にある。
それが正しいか否かを判断せず、ただ、「気分」を読んでいたに過ぎないのでは、どこに連れて行かれるか分かったもんじゃない。

溢れかえる情報の中から、何が正しくて何が間違っているのかを見定めるのは困難を極める。
知識や経験、あるいは天性の勘。
それらを総動員しても迷うことは多々ある。
いっそのこと、潤也のように完全に情報を遮断してしまった方が良いのかもしれないが・・・
そこまでする勇気がないのなら、「考えろ、マクガイバー」が口癖の安藤(兄)のように、とにかく必死で考えて、自分が正しいと判断した方を選択するしかない。
気付いたら、とんでもない場所に流れ着いていた・・・なんて事態に陥らないように。
 
 
流れを変えようと必死の抵抗を試みた兄。
流れの底で息をひそめ、着々と力を蓄える弟。

兄の言った通り、何かを成し遂げることが出来るのは弟の方だろう。

これより後に発表された「モダンタイムス」は、「呼吸」から更に50年後の物語だそうだ。
50年後、この世界がどうなっているのか、実に興味深い。
 
 
 
その他の読書感想文の一覧はこちらからどうぞ
 

「永遠の0」 百田尚樹

法律家を志しながら司法試験に失敗し続け、なんとなくブラブラと過ごしている健太郎は、姉から「特攻で亡くなった実の祖父について調べよう」と持ちかけられる。
自分の生まれるずっと前に亡くなった祖父・宮部久蔵。
戦闘機乗りとして並外れて優秀な腕を持ちながら、「臆病者」と揶揄されることもあった1人の男。
「生きて妻子の元に帰る」と言い続けた彼が、なぜ特攻で命を落とさねばならなかったのか。
雲のむこうに隠れていた男の生き様が、60年の時を経て浮かび上がる・・・

 
 
健太郎とその姉が老人達を訪ねて行って思い出話を聞くという体裁を取っているため、戦争ものであることは間違いないけれど、読みやすい部類に入ると思う。
最後に明らかになる事実など、謎解き的な要素もある。

「面白い」と言ったら語弊があるけれど、宮部さんの人柄に惹かれ、彼の生き様を知りたくて、夢中でページを繰っていた。

読みながら何度も涙ぐんだ。
だけど、「感動」というのとはちょっと違う。
敢えて言うなら、悔し泣きか。

あの戦争で、どれだけたくさんの命が失われたのかと思うと、悔しくて悔しくてたまらなかった。
 
圧倒的な物量の差だけではない。
個を重んじるアメリカと、調和(といえば聞こえは良いけれど・・・)を大事と思う日本。
兵士の待遇1つとっても、まるで違う。
どう頑張ったって、勝てるはずもない。
そんな戦いを、下らない威信とやらのために、自らの保身のために、ダラダラと続けた結果、失われなくて済んだかもしれない命が大量に消えて行った・・・
これはフィクションだけれども、あの戦争が何だったのか、少し見えた気がする。
 
 
次第に明らかになって行く宮部久蔵の人物像。

お国のために死ぬことが美徳とされた時代に、「生きて帰る」などと言うことは国賊に値する。
華々しく散ることが賛美される戦場で、生き残るための戦いをするのは「臆病者」と受け止められる。
人間の本質なんて、何十年経とうと何百年経とうと大して変わらない。
彼らだって、死ぬのは怖かったはずだ。
だけど、世の風潮がそれを口にすることを許さない。
あるいは「お国のため」とでも自分に言い聞かせなければ、恐ろしくて戦場になど居られなかったのかもしれない。

そんな中、宮部は「生き延びろ」と言う。

誰もが心の底では宮部の方が正しいと分かっている。
けれど、それを認めることが出来ない。
認めてしまえば、きっと自分の心が折れてしまうだろう・・・

共に戦った元兵士達の中に宮部のことを疎ましく思う人が多かったのも、分かる気がする。
 
 
それでも、宮部の言動は周囲の人に影響を与えた。
ことに、彼が指導者として接した特攻要員達からは、宮部は非常に信頼されている。

彼の言動が多くの人の心を動かし、間接的に彼の妻子を守ることになった。

「死」は無駄だったかもしれない。
でも、彼の「生」は決して無駄ではなかった。
 
 
宮部の人柄は素晴らしいけれど、とりたてて特別な人ではないと思う。
家族を想い、幸せに暮らしたいと願っている、ごく普通の人だ。
そんな普通の人が、当たり前のように殺しあわなければならない戦争など、どう考えたって間違っている。
そんなことは、あってはならない。
たとえ、どんな大義名分を掲げても、だ。

皆が一斉に武器を捨てれば戦争は無くなるなどと考える程、私は能天気ではない。
が、宮部のような生き方が、戦争を止める力になるのではないかとは思う。

大きな時代の流れの中に在って、決して自分を見失わず、自分の意志を貫き通す。

そんな勇気を持つ人がたくさん居れば、流れを変えることは出来る、と。

いったん始まった戦争は、なかなか終わらない。
ならば、世の中が危険な方に向かおうとする、その流れを変えるしか無い。
それには、一人一人が正しく考え、声を発する勇気を持つことが大事なのではないだろうか。
 
 

「カラフル」 森 絵都 著

アニメの紹介記事を見て、ストーリーが良さそうだと思ったので、まず原作を読んでみました。
 
 
「おめでとうございます。抽選に当たりました!」
そう言って「ぼく」の前に現れたのは、プラプラと名乗る天使。
「ぼく」は大きな罪を犯して死に、輪廻のサイクルから外されてしまった魂だった。
その「ぼく」に再挑戦のチャンスが与えられた。
自殺を図った少年「真」の身体にホームステイし、期限までに自分の犯した罪を思い出すことが出来れば、輪廻のサイクルに復帰することが出来るというのだ。
「真」の身体を借りてこの世界に舞い戻って来た「ぼく」の再挑戦の結末は・・・

 
 
オチなんてほとんど最初から見え見えなんだけれども、そんなことはどうでもいい。
「真」として続きの人生を少しだけ生きることが許された「ぼく」の心の動きが、シッカリと伝わって来るから。

おそらくきっと、「真」に共感できるか否かで、この作品の評価は全然違って来る。
「真」にイラッと来るだけの人も、中には居ると思う。
私は、15歳当時の自分にずいぶんと重なる部分があって、随所で胸が痛くなった。

「真」の抱えているものは、それほど珍しいものではないと思う。
それを楽に受け流してしまえる子も居れば、過剰に反応してしまう子も居る。
どっちが良いとか悪いとか、強いとか弱いとか、鈍感とか繊細とか、そういうことじゃない。
個性の問題だ。

だげど、それは今の私だからそう言えるのであって、15歳ではまだそんなことは分からなかった。

自分だけがおかしいのではないか、自分だけが特別なのではないかと思ってしまい、深い孤独に沈んで行く。

そして、(ハタから見れば)些細なきっかけで、(大部分は手前で踏みとどまるけれど)「真」のような行動に走る子も居る。
何も気付けないままに。

そう、気付いていないだけなんだ。
ひょいと視点を変えれば、見え方は違って来る。
ほんの少し時間が経てば、見えなかったものが見えるようになる。

でも、そう考えることすら15歳には難しい。
今の自分を保つので精一杯。見方を変える余裕なんて無い。
今のこの時が永遠であるかのように感じてしまう。

気持ちは分かる。みんなそうだよ。
・・・なんてことを軽々しく口にするつもりは無い。
同じ状況に置かれても、感じ方は人それぞれみんな違うんだから。
どんなに同意してくれる人が居ても、苦しみ自体は少しも軽くならないんだから。

それでも、これだけは言っておきたいんだ。

世界に絶望するきっかけが些細であるのと同様に、世界に光を見いだすきっかけもホンの些細なことだったりするんだってこと。

このお話が伝えたいのも、たぶんそこ。

「真」には見えなかったものが、「ぼく」には見えた。
それによって、「ぼく」は「真」の過ちに気付く。

おまえ、早まりすぎたんだ・・・

何も気付かないまま死んじゃうことが、どんなにもったいないことか、「ぼく」には分かった。

この世界はいろんな色で溢れてる。
たまに自分とは相性の悪い色もあるけれど。
だけどどんな色も、この世界を彩るのに必要な色なんだ。

私は家族にも恵まれているし友達もちゃんと居た。
にもかかわらず、孤独に沈んだままで10代を過ごしてしまった。
だけど、どうにか自力で浮上して、今もしぶとく生きてる。
もしもタイムマシンがあったら、あの頃の私にこの本を届けてあげたい。
そうしたら、もう少し楽に、今の自分に辿り着くことが出来るような気がする。
 
 
 
その他の読書感想文の一覧はこちらからどうぞ
 

はち目漱石

毎年恒例の、集英社文庫のナツイチフェア。

対象商品を購入すると、もれなくハチのストラップがもらえちゃうのだ。
4年前にもらったのをきっかけに、なんとなく毎年もらってる。

***

左から古い順。
実際にケータイに付けてたのは、剥げかかってたりする・・・(^-^;

一番右の今年のは、ブン豪「はち目漱石」といって、レアらしいよ。

自分で好きなのを選ばせてくれるけど、中身の見えない袋に入っているから、開けてみるまでどんな子が入ってるか分からない。
パッと見た瞬間、「可愛くねぇ・・・」って思ったくせに、レアと知った途端、可愛く見えて来た。

ちなみに、購入したのは谷川俊太郎の「二十億光年の孤独」
眠りにつく前のひとときに、ちょっとずつ読むんだ。

「死ねばいいのに」 京極夏彦 著

1人の女性が何者かに殺害された。
それからしばらくして、生前の彼女と関わりのあった人物たちの元に、彼女の知り合いだと言う若い男が訪ねて来る。
「アサミのことを教えてくれ」と。

その男、ケンヤは言葉遣いは汚いし、礼儀も常識も知らないし、どこからどう見てもチャランポラン。
まぁ、わりとどこにでも居そうな今時の若者と言えなくもない。

対する、ケンヤが接触する人物たちは、揃いも揃ってことごとくダメ人間。

上手く行かないのは全部他人や社会のせいにする。
文句を言うばっかりで何もしない。
屁理屈をこねて自分を正当化するのは大得意。

醜い。
ムカついてぶん殴りたくなるような人たち。

彼らと言葉を交わし、ケンヤはその醜さを暴き出して行く。
本人にそのつもりは無いのだけれど。

暴き出された方は狼狽える。
どう頑張っても自分より馬鹿に見えていた若造に、ものの見事に看破されてしまったことに愕然とする。

読み進めるうちに、「自分は馬鹿だ」と何度も繰り返すケンヤが、実は誰よりも聡いのではないかと思ってしまう。

けれど、そうではないのだ。

ケンヤは、ごく単純に物事を見ているだけ。
知識だの常識だのプライドだの世間体だの、ケンヤは余計なものを一切理解しない。
理解しようともせずに、ただスルーする。

ちゃんと理解したうえで本質を見抜くのであれば賢いが、理解していないケンヤは賢いとは言えない。

でも、そんな彼だからこそ、余計なものをグルグルと巻き付けて作り上げた繭を切り開き、その中に縮こまってる小汚い芯を雑作も無く取り出すことが出来る。

そして、彼らに向かって
「死ねばいいのに」
と、言い放つ。

でも、誰1人、死なない。

それでいいのだ。

ケンヤが訪ねて行く5人の人物は、かなり誇張されてはいるものの、ごく普通の人たちなのだ。
言い訳じみた彼らの言葉に、多かれ少なかれ、誰にも思い当たる節があるのではないか?
だからといって、恥じることは無い。
誰もが心の中に、醜いものの1つや2つ抱えている。
そういう自分を受け入れて妥協するか、目をそらしてそんな自分は居なかったことにする。
そうしなければ、生きて行けないから。

彼らの醜さは、生き延びるための無様な足掻きなのだ。
だから、「死ねばいいのに」と言われて、「はい、そうですね」と死ぬことなどあり得ない。

それでいいのだ。
どうやってでも、生き延びようとするのだ。
普通の人間は。

「そんなにイヤなら死んでしまえばいい」などという発想は、命あるものとして異常なのだ。

狂気はケンヤの側にある。
 
 
そして、最後に、本当の「人でなし」が誰であるのか、思い知らされることになる。

その事実を目の当たりにした時、私は恐怖を感じると共に、とてもとても悲しかった。
その人が人でない者になったのは、いったい何時のことだろう?
最初からそうだったのだろうか?
それとも、生き延びるために、人でない者へと変わっていったのだろうか?
確かめる術は無い。
 
 
この小説は、犯人探しのミステリーではない。
敢えて分類するとすれば、サイコホラーの括りにでも入れるのが妥当ではないかと思う。
タイトルからして眉をひそめたくなるし、好感の持てるキャラなど1人も登場しない。
おまけに、救いようの無い結末が待っている。
人によっては、嫌悪感しか抱けないかもしれない。

それでも、私は、この小説が嫌いじゃない。

それほどたくさん京極さんの本を読んではいないけれど、実に京極さんらしい作品なのではないかな?と思った。

誰が狂人で誰がマトモなのか混乱して来てしまうあたりや、精神的にゾクゾクッと来る感じとか。
万人にオススメとは言わないけれど、「今更、ちょっとくらい人間の醜さを見せつけられても平気、ヘッチャラ!」な人は、ぜひどうぞ。
面白いよ。
 
 
 
その他の読書感想文の一覧はこちらからどうぞ
 

「チルドレン」 伊坂幸太郎 著

「短編集のふりした長編小説」
と、作者自身も公言している通り、収録されている5編は時系列はバラバラで語り手も異なるけれど、登場人物は少しずつ重なっている一貫した物語です。

各エピソードの真ん中に居るのは、陣内という一風変わった男。

とにかく「俺様」で、空気はあえて読まないし、行動はハチャメチャで・・・
だけど、間違ったことは言ってないし、不可思議な魅力に溢れている。

こんな人間が知り合いに1人くらい居ても良いかもしれない。
退屈しなくて。
恋人・・・とかには、したくない。
そこまで近いと、たぶん、生きた心地がしない。

最初の「バンク」は銀行強盗の話。
陣内の友人・鴨居が語り手。
このとき、陣内はまだ大学生だ。
このネタをパクったんじゃないかと思われるドラマを見たことがある。

次の「チルドレン」と「チルドレンII」では、家庭裁判所の調査官となった陣内の働きぶりが、その同僚の武藤の目を通して描かれる。

「レトリーバー」は、陣内の失恋話。
銀行強盗事件で知り合った盲目の青年永瀬と、その恋人優子が登場する。
時期的には、陣内、大学卒業間近らしい。

「イン」は、永瀬が語り手となる。
生まれた時から光の無い世界で過ごして来た永瀬ならではの感性が生きている作品。

陣内のキャラも良いけれど、この永瀬と優子も、なかなか素敵な人たちだ。
恋人の介助犬に嫉妬してしまう優子が可愛い。
 
 
伊坂幸太郎の描く人間たちは、なんてことは無いんだけど、みんな素敵なんだよね。
すごい経歴の持ち主とか、特別な能力の持ち主とかではなくて、ごく普通に生活している人たち。

そんな中に、稀に陣内みたいな変わり種が居て、ちょっとした事件が巻き起こる。
日常に潜んでいる、ささやかなミステリー。
それに振り回されたり、振り回されなかったりする、優しくて細やかな感性を持つ普通の人たち。

作品全体を包み込む、そんな穏やかな空気が、私が伊坂作品を好む理由の1つ。

この「チルドレン」も、ほっこり癒される良作でありました。
 
 
 
その他の読書感想文の一覧はこちらからどうぞ
 

大人として読むべきオススメの本

ジャンルなど何でもいいと思うし、そもそも「大人として読むべき本」なんて無いと思うが、読む人の年代によって受け止め方が異なるということは大いにあり得る。

そこで、アラフォー女性にオススメの本を1冊。
 
「スキップ」 北村薫 著

女子高生がうたた寝から目覚めたら、心は17歳のまま40過ぎのオバサンになっていたという悪夢のようなお話。
恐ろしいがホラーではない。
ややこしいSF系でもない。
なんでそんな現象が起きたのかという説明もほとんど無いのだけれど、現実を受け止めしっかりと前を向いて歩いて行く主人公の姿に、同世代の女性はたくさんの勇気をもらえるのではないかと思う。

何を隠そう、北村薫さんの著作の中で、私が最も好きな作品だ。
 
 
昔読んだ本や読めなくて挫折した本を読み返してみるというのも、大人ならではの読書と言えるだろう。

べつにこれがオススメという訳ではないけれど、実際に私が体験した2つの例を挙げてみよう。
 
 
「我が輩は猫である」 夏目 漱石 著

最初に読もうとしたのは中学生の時。
言わずと知れた文豪の代表作だし、あまりにも有名な書き出しの一文と、猫視点というのに釣られて手を出した。
が、しかし、中学生のガキに理解できるような本ではなかった。
最初の数ページで挫折。
高校生になって、もう一度チャレンジ。
難しいと思いつつも半分くらいまでは読み進めたが、やっぱり挫折。
20代半ばで、もう一度手に取ってみた。

面白い!

なんであんなに読めなかったのか不思議なくらい、面白いのだ。
やたら長くて途中ちょっとダレるんだけど、そこを乗り越えたら後はもう一気に読破。

ちゃんと理解できているのかどうかは疑問だけれど、「面白い」と感じることは出来るようになったのである。

 
「風と共に去りぬ」 マーガレット・ミッチェル 著

読もうと思ったきっかけが何だったのかは忘れてしまった。
最初に手に取ったのは高校生の時だ。
文庫本の最初の1巻を買って来て読み始めたけれど、どう頑張っても半分くらいまでしか読めなくて放置した。

読めなかった理由は、ただ1つ。
主人公のスカーレットが、どうしても好きになれなかったのだ。

それから10年くらい経って、それもきっかけは忘れたが、もう一度読んでみる気になった。

すると、あら不思議。

あんなに嫌いだったスカーレットが、たまらなく素敵な女性に感じられた。
どこが良いんだかサッパリ分からなかったバトラーが魅力的に思え、アシュレーにはイライラするようになっていた。
小説の中のスカーレットたちは変わらないのだから、変わったのは私の方だ。
スカーレットの生き方に共感できるくらいには、私も大人になっていたのだろう。
 
 
これらの本を今読み返せば、また違った何かを得ることが出来るかもしれない。
こういうことがあるから、私はいつまでたっても本棚の奥の古い本を処分することが出来ずに居るのだ。 
 
 
「ブログ学園」との連動企画ネタのこのエントリーは、提出期限後に「オトナ偏差値」というものが発表されました。
前回の「大人買い」についてのエントリーは、偏差値63でした。
266人中15位ということは、わりとオトナな方?
算出方法は謎ですが。

「誰か」 宮部みゆき 著

久々に読んだ宮部さん。

1人の男が自転車に轢き逃げされ、命を落とした。
男には2人の娘があった。
妹の方は逃げ続けている犯人を見つけ出す手がかりにするため父の生涯を本にすることを望み、姉はそれを渋る。
亡くなった男は、さる財閥の会長の運転手を長年に渡って務めていた。
男の死を悼み、残された娘たちの心中も思いやる会長は、姉妹の相談役として娘婿に白羽の矢を立てた。

その娘婿が、主人公である杉村三郎。
いわゆる「マスオさん」状態で、人もうらやむ「逆玉の輿」
結婚を機にそれまで勤めていた出版社を辞め、義父の会社に転職したものの、微妙なポジションに置かれている。

杉村は姉妹と接するうちに、亡くなった老運転手の過去について興味を持つようになる。
独自の調査を続けて行った杉村は、やがて埋もれていた「過去」を暴きだす・・・
 
 
ミステリーなんだけど・・・
なんとなく、中途半端な感じがしたのね。
ミステリーといっても「すごい!」と唸る程の謎が潜んでいた訳でも無いんだよね。
「ふぅん・・・」で終わっちゃう程度。

そんなハンパな「事件」だったら、いっそのこと「事件」なんて無くても良かったんじゃないか、と。
姉が幼い頃に見た恐ろしい光景も、実はぜんぜん大したことなかったってオチでも。
殺人事件が無くたってミステリーは成り立つということを、北村薫さんが証明しているではないですか。

歳の離れた姉妹という設定は良かったと思う。
両親と暗い思い出も共有している姉と、明るい思い出しか持たない妹。
2人の確執を絡めつつ、焦点を亡くなった老運転手の生涯を辿ることにしぼっていれば、それだけで十分に面白い作品になっていたんじゃないかな。

なにしろ、主人公の杉村が誠実で心優しい良いキャラクターなのだ。
事実を追って行く探偵役がこの人でなかったら、とんでもなく後味の悪い話になってしまうところだけど、かろうじて踏みとどまっている。
それで、姉が「忌まわしい過去」と思っていたものが、実はそうではなかったというオチになっていたら、よりいっそう清々しい読後感になっていたような気がする。

そういう意味では、最後のあれも、要らなかったと思う。
ケータイの着信音がどうのこうのって言い出した時点で、すぐにピンと来てしまった自分にとっては蛇足以外の何者でもなかったし、そこまで暴いてしまうのは杉村っぽくない気がした。

本編に直接関係の無いところまでキャラクターを描写する(それって、スティーブン・キングの影響なのかしら?)のは宮部さんには珍しくないことだけど、今回はそれが裏目に出てしまったかな?

もっとも、宮部さんがこの小説でやりたかったのは、ことさら毒々しい人間模様を描くことだったのかもしれない。
だとしたら、この件も蛇足ではないんだけど・・・それにしては、毒々しさが足りない。
もっとエグくやっちゃっても良かったんじゃないだろうか。

というわけで、いずれにしても、「中途半端」な気がしたのだ。
 
 
杉村一家はとても素敵なご家族で、これっきりにするのは勿体ないと思っていたら、ちゃんと「名もなき毒」で再登場されているようで。
そっちも読んでみるかな。
 
 
 
その他の読書感想文の一覧はこちらからどうぞ
 

「ダウン・ツ・ヘヴン」 森 博嗣 著

「スカイクロラ」シリーズ第三弾。
前作「ナ・バ・テア」でティーチャが去ってしまった後のクサナギの物語。

ショーとしての「戦争」を演じるために生み出された、キルドレ。
「空にしか居場所が無い」と感じているキルドレのクサナギが、負傷によって飛べなくなる。
さらに、クサナギを実戦から遠ざけようとする動きもある。
自分の居場所が無くなるという恐れが、クサナギの心を不安定にする。
クサナギは「子供」なので、「大人の事情」などは理解できない。
ただ、永遠の子供であるキルドレも、少しずつ変わって行くようだ。
クサナギは少しだけ大人になった。

このシリーズではお約束の完全一人称視点。
それでなくても一人称が「僕」でややこしいのに、語り手であるクサナギにとって当たり前のことは一切説明されないので、いきなりこの本を手に取った読者は困惑するだろう。

終盤の戦闘シーンが凄い。
短い文書がダダダっと連なって、まるで本当にクサナギと一緒に空に上がっているかのようなスピード感で、息が詰まる。
クサナギが雲の上に飛び出した時、自分にも青い空が見えたような気がした。

このシリーズを読むと、無性に空を飛びたくなる。
もちろん、私は自分が飛べないことを知っている。
仕方ないから、ゲームの疑似体験で飛んだ気になる。
私がフライトシューティングゲームを好むのは、「空を飛びたい」と思っていた子供の頃の想いが、まだどこかに残っているからなのかもしれない。
 
 
 
 
その他の読書感想文の一覧はこちらからどうぞ
 

「精霊の守り人」 上橋 菜穂子 著

アニメを見て、すっかりバルサ姉さんに惚れ込み、「いつか読まなくては!」と思っていた原作を読了。

「精霊の守り人」は主人公の女用心棒バルサ(三十路・未婚)が、ひょんなことから精霊の卵を宿した皇子チャグム(健気で賢い十一歳)を託され、彼を守るために悪戦苦闘するオハナシ。
元は児童文学として発表された作品だけれど、文庫化にあたって完全に大人向けの表記に変更されているのだそうだ。(ただし、内容は一切手を加えられていない)
 
 
架空の世界の冒険物語。
精霊だの化け物だの呪術だの星読みだの、果てはけったいなパラレルワールド(!?)
ファンタジー的要素が満載だ。
ハラハラドキドキの展開で読者を翻弄しているだけで、けっきょく最後はめでたしめでたしで、大した中身なんか無いんじゃないか・・・
などと思ったら大間違い。
固有名詞は覚えづらくて、なんか面倒くさいから・・・
などと敬遠するのも大損。

ご存知の方も多いと思うが、著者の上橋菜穂子さんは文化人類学の学者さんでもある。
さすが・・・と、言うべきだろうか。
この物語を書くにあたって、話の筋よりもキャラよりも、まず、「世界」を作るところから始めたのではなかろうか?
そんな気がしてくる徹底ぶりで、「世界」をしっかりと作り上げている。

気候風土。
歴史と伝承。
チャグムの国である新ヨゴ皇国の成り立ちと、現在そこに生きる人々・・・皇族とそれを支える者たちや、下々の民の暮らしぶり
ひっそりと昔ながらの暮らしを守る先住民族
過酷な自然環境にあるバルサの故郷
隅々まで抜かり無く気を配ってキッチリと構築された土台の上に、バルサたちは立っているのだ。

そして、その架空の世界に生きている彼らは、やっぱり私たちと同じ人間で、同じように食ったり寝たりするし、怪我すれば痛いし、怒ったり悩んだり迷ったりする。

この「精霊の守り人」には、一つの世界とそこに生きる人たちの姿が、しっかりと描かれている。
これを、子供だけに読ませておくなんて、もったいない。
いや、むしろ、大人が読んでこそ本当の面白みが分かるのではないだろうか。

理不尽な運命を背負わされて生きなければならない者の怒りや、バルサとタンダの微妙な関係などを理解するのは・・・難しすぎるだろう、子供には。
 
 
アニメの方を先に見てしまっていた私は、読みながら幾度と無く「あらあら、あの場面、無いんだ!?」と、驚いた。

アニメは、小説には無いエピソードがふんだんに盛り込まれていたようだ。
普通、そういうことをすると、たいてい失敗して原作ファンの怒りを買うものだけど、この作品に関しては違うと思う。

皇子のチャグムが徐々に「普通の男の子」になっていく過程や、精神的にどんどん強くなっていく、その変化はアニメの方が丁寧に描かれていた。
だから、チャグムのバルサへの信頼も、そんなチャグムを愛おしく思うようになるバルサの心の変化も、すんなり理解できたけれど、原作では少し唐突な感じがした。

精霊の守り人としての役目を終えたチャグムが、このままバルサたちと共に暮らすことを望みながらも、今度は皇太子としての役目を全うするため王宮に戻ることを選択する、その決意も、アニメで感じたほどの重みは感じられず、いささかもの足りなかった。

原作しか知らない人は、ぜひ、アニメも見ていただきたいと思う。
決して原作のイメージを壊さず深化させることに成功した、(大人の視聴に耐えうる)見事な出来映えだと私は思うので。
 
 
 
その他の読書感想文の一覧はこちらからどうぞ
 

より以前の記事一覧

その他のハード

ちょっと気になる