「魔王」 伊坂幸太郎
平凡な会社員・安藤は、ある日、相手に自分の念じた通りの言葉を喋らせることができる能力(安藤いわく「腹話術」)に目覚める。
ちょうどその頃、頭角を現して来た政治家・犬養。
彼の言動と世の中の動きに不穏なものを感じ取った安藤は、「腹話術」を使って抵抗を試みる。
「魔王」はそんなお話。
もう一編の「呼吸」は、それから5年後のことで、安藤の弟・潤也の物語になっている。
兄の話しの方に千葉という男が登場するのだけど、これはあの千葉さんだよね?
どの千葉さんって、「死神の精度」に登場する千葉さん。
きっと、安藤の調査書になんと記入すべきか判断するために、接触して来たのだろう。
この本を読む直前に、私は「永遠の0」を読んだ。
話の内容はまったく違う。
時代設定もまるで違う。
でも、この「魔王」を読みながら、安藤(兄)と「永遠の0」の宮部さんの姿がダブって見えて仕方なかった。
世の中の大きな流れの中で、自分の意思を保ち続けようとする姿勢が、2人に共通していると思えた。
流れに身を任せてしまった方が楽だ。
無理に己を貫こうとすれば、折れてしまうこともあるだろう。
それでも、この2人は自分を見失わない。
自分の頭で考え、自分の意志で行動する。
それは、「自分勝手」というのとはまったく違う。
(自分勝手と自由を混同している人が多過ぎるのだ)
世の中を動かして行くのは、「気分」だと思う。
人々が理屈ではなく、気分次第で「なんとなくこっちかな?」という方を選択する。
大勢の人の「気分」が同じ方向に偏ると、世の中が動く。
気分を左右するのは「情報」だ。
マスコミだったり、インターネットだったり、ウワサ話だったり。
情報は至るところにある。
「勝ち馬に乗る」と言うが、必ずしも数が多い方が勝ちとは限らないので気をつけた方がいい。
自分では正しく選択をして、順風満帆なつもりで居ても、実はそうではなかったという可能性は十分にある。
それが正しいか否かを判断せず、ただ、「気分」を読んでいたに過ぎないのでは、どこに連れて行かれるか分かったもんじゃない。
溢れかえる情報の中から、何が正しくて何が間違っているのかを見定めるのは困難を極める。
知識や経験、あるいは天性の勘。
それらを総動員しても迷うことは多々ある。
いっそのこと、潤也のように完全に情報を遮断してしまった方が良いのかもしれないが・・・
そこまでする勇気がないのなら、「考えろ、マクガイバー」が口癖の安藤(兄)のように、とにかく必死で考えて、自分が正しいと判断した方を選択するしかない。
気付いたら、とんでもない場所に流れ着いていた・・・なんて事態に陥らないように。
流れを変えようと必死の抵抗を試みた兄。
流れの底で息をひそめ、着々と力を蓄える弟。
兄の言った通り、何かを成し遂げることが出来るのは弟の方だろう。
これより後に発表された「モダンタイムス」は、「呼吸」から更に50年後の物語だそうだ。
50年後、この世界がどうなっているのか、実に興味深い。
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