「狐笛のかなた」 上橋 菜穂子 著
[あらすじ]
主人公の少女・小夜は、里外れの森の中で祖母と2人で暮らしている。
みんなには内緒にしていたが、小夜は人の心が聞こえてしまう「聞き耳」という不思議な力を持っていた。
ある日、小夜は森の中で傷ついた子狐を助ける。
子狐を抱えて猟犬から逃げる小夜をかくまってくれたのが、小春丸と名乗る少年。
彼は、訳あって森の奥のお屋敷に閉じ込められるようにして暮らしていた。
その日から、大人たちの目を盗んで度々会うようになった小夜と小春丸だったが、それも長くは続かなかった。
それから、数年後。
祖母を亡くし、一人きりになってしまった小夜は、買い出しに出かけた市場で自分のことを知っている人物に出会う。
自分の生い立ちと、母から受け継いだ能力を知った小夜は、次第に大人たちの争いに巻き込まれていく。
そんな中、小夜は不思議な目をした少年と出会った・・・
物語の舞台は「和」の雰囲気を持つ架空の世界。
無理矢理に当てはめるとすれば、日本の戦国時代あたりが妥当だろうか。
領土を巡り、何代にも渡って争う2つの国がある。
領主たちはそれぞれ海を越えて渡って来たという呪者を使い、攻防を続けていた。
小夜たちの住む春名ノ国には、怨嗟と呪詛と血の臭いが充満する。
でも、物語全体を見通してみると、さほど暗さは感じない。
日だまりの匂い。土の匂い。
川のせせらぎや木々を揺らす風の音。
都会育ちの現代人のアタシにも、何故か懐かしいと思わせてしまう風景が浮かび上がる。
そして、そんな世界を涼やかに駆け抜けていった小夜と野火の姿が、清々しい印象を残してくれた。
人とは違う能力を持ち、人里離れて暮らす孤独な少女・小夜。
過酷な生い立ちを持つ彼女は、それを不幸と嘆くことも無く、ひっそりと慎ましく生きていくことを望んでいる。
逃げようと思えば逃げられたものを、後に残る者たちのことを想い、危険と知りながら敵に立ち向かう道を選ぶ。
優しく、強く、濁りの無い心を持った少女である。
そんな小夜を、ずっと陰で見守って来た野火。
野火は、カミガミの住まう世とこの世との境「あわい」で生まれた霊狐で、呪者の術によって使い魔にされていた。
小夜に命を助けられ、その温かい心に触れた野火は、主に命じられるがまま生き物の命を奪うたび、心に痛みを覚えるようになっていた。
さらに、長いこと人の形を取って来たことが拍車をかけ、より人に近い心を持つ、霊狐とも人ともつかない曖昧な存在になっていた。
小夜の身に危険が迫った時、野火は壮絶な決意をする。
一切の迷いも無しに。
主である呪者の命令に背けば、命を失うというのに。
命を主の手に握られ、主に従って働くしか無い野火の苦しみと、その中で守るべき者を得た彼の喜びは、切なく胸に突き刺さる。
とにかく、この小夜と野火が良い。
ただ彼らがそこに居るだけで、大人になってしまったアタシなどは、胸の奥が揺さぶられるような気がする。
大人になると、なんと色々なものが見えなくなってしまうのだろう。
大朗や春望が良い例だ。
過去の亡霊に取り憑かれて身動き取れなくなっている大人たちと、自分の想いとまっすぐに向き合う若い2人。
小夜と野火だけでなく、大朗や春望らの抱える事情や心情もきちんと描くことで、片手落ちにならず、大人が読んでも十分に感動できる深みのある物語になっている。
主要なキャラだけでなく、端役のキャラまで実に魅力に溢れていた。
特に、野火の仲間の霊狐・玉緒や、野火の友人で天狗見習いの木縄坊などは、それぞれを主役にして物語が1本書けてしまいそうなほど。
そして、忘れてはいけないもう1人。
大人の事情によって、素性を隠し、人里離れた森の中の屋敷に幽閉されるようにして少年時代を過ごして来た小春丸。
彼は敵方の呪者に呪いを掛けられてしまうけれど、それ以上に深い呪いが彼の心には巣食っていた。
大人たちの争いの、一番の被害者だったのかもしれない。
物語の最後で、小夜と野火の姿を見た彼は、いったい何を想っていたのだろう・・・
いちおう、「児童文学」に分類される作品らしい。
そのため、固有名詞が若干覚えづらいものの、文章はとても読みやすく、物語の作りもさほど複雑なものではない。
でも、そこに込められた想いは深く、「子供には分からないんじゃないか?」と疑われる心の機微もそこかしこに見える。
子供が読んでも面白いだろうが、大人が読むと別の捉え方が出来て面白さ倍増。
実際、アタシは一気に物語に引き込まれ、続きが気になって仕方がなくて、猛烈な勢いで読み上げてしまった。
良い物語は、大人も子供も関係ないのだ。
難しいことは考えなくていいのかもしれない。
子供たちは小夜と野火の冒険に心を踊らせ、淡い恋物語に胸ときめかせて読めばいい。
そして、大人は・・・
醜い争いを続ける大人の愚かさを見て我が身を振り返り、澄んだ目をした小夜と野火のまっすぐな心に触れて、無くしてしまったものを思い起こし、こっそりと目頭を拭えばいい。
心の奥底に埋もれてしまった感情と、身体の奥深くに眠っている記憶を呼び覚ましてくれる。
そんな物語だった。
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