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「エンジェル」 石田 衣良 著

いきなり、自分が殺されて何処かの山中に埋められているシーンを、幽霊になった主人公が見下ろしているという衝撃的なシーンから幕を開けるオハナシ。

ミステリーと言うか、ファンタジーと言うか・・・ある意味ホラーだし、ラブストーリーと言えなくもない。
まぁ、ジャンル分けはどうでも良いか、この際。
 
 
ネタバレしない程度に、簡単にあらすじをば。

主人公の掛井純一は母親の命と引き換えにこの世に生を受けるという生い立ちを持ち、資産家の家に生まれながら、父親の再婚を機に、多額の金と引き換えに家族とは絶縁状態になっていた。

その金を元手に、純一は投資会社「エンジェルファンド」を立ち上げたのだが、何者かに殺害されてしまう。
幽霊となってこの世に留まることになった純一は、死の直前2年間の記憶を失っていた。

自分は、誰に、何故、殺されねばならなかったのか?

純一は、自分の死の真相を探り始める。
少しずつ「死者」としてこの世に存在することに慣れていきながら、やがて「エンジェルファンド」から、世界的に有名な映画監督の新作映画への不可解な金の流れがあったという事実に辿り着く。

徐々に明らかになっていく真実。
幽霊になった彼が一目で心奪われた女性との、生前の関わり。

守るべき者を得た彼の、せいいっぱいの反撃が始まる。
 
 
きわめて暴力的な埋葬シーンから、場面は一気に飛ぶ。

純一の誕生シーンから少年時代へと、彼の記憶がフラッシュバッック。
飛び飛びに語られる純一の過去のエピソードを彼と共に辿りながら、彼がどんな人物で、どんな人生を送って来たかを読み手は感じ取ることができる。

このまま、時間旅行を続けながら失われた2年間の穴埋め作業をしていくのかと思いきや、そうはならない。
彼を死に追いやった原因が潜んでいると思われる2年間は失われたまま、場面は彼の死の直後に戻ってしまう。
たぶん、きっと、単に記憶の抜けている部分を辿っていくだけだったら、こんなに興味深いストーリーにはならなかっただろう。

幽霊の純一が悪戦苦闘している様が、とにかく良いのだ。
純一は生前よりも、むしろ生き生きと死後の生活を送ることになる。

幽霊やってるのも楽じゃ無いようだし。

一般に「心霊現象」の一言で片付けられてしまう不可思議な現象が、幽霊たちのたゆまぬ努力の賜物だったとしたら・・・
心霊番組を見る目も変わってしまいそうだ。

脅かされる側から見たら単なる超常現象でオッソロしいの一言なんだけれど、それを幽霊視点で見るとなんだか妙に説得力がある。
だから、本編中にも純一が引き起こした心霊現象が何度も描かれているんだけど、全然怖くない。
読み手は脅かされている方ではなく、その現象の裏で必死に頑張ってる純一の視点でそれを見てるから。
 
 
純一は自分を死に追いやった者たちに反撃はする。
でも、命を取ろうとまでは思わない。
純一が彼らを攻撃したのは、守るべき者を守るためだ。
純一の視線は、あくまで優しい。
凶暴な暴力団員でさえ何故か憎みきれず、何処かで彼らを許しているようにさえ見える。

タイトルの「エンジェル」には、幾つかの意味が含まれている。

ベンチャーキャピタルほど株数は要求せず、絶対的な経営権を確保しようともしないなど、金は出すが口も欲もそれほどは出さない個人投資家のことを、経営学上では「エンジェル」と呼ぶのだそうだ。
天使のようにありがたく、めったに出会えない存在という意味合いを込めて。

もう1つの意味は・・・
それは読んでいけば分かると思う。
 
 
終盤、畳み掛けるように真実が明らかになっていく。
まだ何か在るのか?
まだ在るのか?
という感じ。

そして、最後に辿り着いた真実から、いったんは純一は顔を背ける。
でも・・・

死者の目から見るこの世は、とても美しかった。
いつもなら顔をしかめてしまうような街角の光景ですら、愛おしい。
そう思ったとたん、涙が溢れ出して来た。
よくもこれだけ泣けるもんだと自分でも呆れるくらい、泣けた。

純一の最後の選択に、心からのエールを送ろう。
 
  
 
 
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