「模倣犯」 宮部みゆき著
ミステリーには大きく分けて2つのタイプがある。
1つは犯人探しに主題を置いたもの。
犯人は分かっているが、そのトリックが全く不明・・・そういうタイプのものも、こちらに含まれるだろう。
探偵役の人物が、犯人の仕組んだトリックを見抜き、解説し、真犯人を特定する過程が描かれる。
読者に途中で犯人がバレてしまっては面白さが半減するため、犯人は高度で難解なトリックを仕掛けなければならない。
もう1つは、最初から犯人が誰だか分かっている(あるいは途中で判明してしまう)もの。
探偵役の人物がいかにして犯人を追いつめて行くか、その過程を描くと同時に、犯人の心理状態について描き出されることも多い。
こちらの場合は、七面倒くさいトリックなどは無くても構わない。
厳密に言うと、後者は『推理小説』とは言わないのかもしれない。
物語の真ん中に『犯罪』はあっても、描き出そうとするのは『犯罪』そのものではなく、それを取り巻く『人間』だ。
(前者では『人間』が描かれていないという意味ではない。念のため)
この「模倣犯」は、後者のタイプ。
名前こそ最初から明されてはいないが、犯人がどういう人物かは推察できる。
かといって、真犯人Xの視点から物語が語られる部分は、ほとんど無い。
真犯人Xは、あくまで客観的に『見られる』立場に置かれている。
そして、彼を見ているのは、彼の起こした凶悪事件に関わってしまった人々。
彼らは、ごく普通の人々だ。
敏腕刑事でもないし、名探偵でもない。
被害者の家族だったり、事件の第一発見者だったり、ほとんど実績のないライターだったり、後方で資料整理をしている警察官だったりする。
そんな彼らが、さまざまに葛藤しながら、事件の真相に迫って行く。
彼らの姿を描くことで、『犯罪』が『日常』のすぐ隣でアングリと口を開けているものだということを、私たちに思い出させてくれる。
その口に食い付かれてしまった人たちが、どんな想いであがき、抜け出そうとするのか、私たちに伝えてくれる。
それはフィクションに過ぎないのだけれど、現実離れしたトリックを名探偵が解き明かしてみせるのに比べたら、はるかに真実味がある。
だからこそ感銘を受け、読み終えた後に深い余韻を残すのだと思う。
この物語に登場する人たちは、誰1人としてスーパーマンではない。
欠点だらけの所に、いくつかは良い所もある。
見ていてムカつくようなエラーもしでかす代わりに、時々、驚くようなクリーンヒットを放ってみせる。
完璧だと思われていた真犯人Xも、最後で大ポカをやらかす。
人間なんて、そんなものだ。
登場人物の中で、私は有馬のお爺ちゃんがとても好きだ。
5巻で真一君を励ますくだりでは、自分も励まされたような気がして本当に泣けて来たし、最後の最後に泣き崩れる場面では一緒に泣いた。
たぶん、本を読みながら、お爺ちゃんと一緒にこの事件と戦っている気分になっていたのだろう。
主要のメンバーのみならず、ホンの端役に至るまで、事細かな描写がなされているせいで膨大な文章量になっているけれど、最後までダレさせないのは、さすが宮部さんと言ったところ。
主要な登場人物がことごとく繋がっているのは、少々出来過ぎで気になったけれど、まぁ大目に見てもいいか。
それを差し引いても余りあるほど、良い内容だったから。
重いテーマでありながら、エンターテイメントしても成立している、良質なミステリー。
各種の賞を獲得したのも頷ける、そんな作品であったのだ。
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