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「続巷説百物語」  京極夏彦 著

うぁ~、泣いちゃいましたよー。
最後のところで、ボロボロっと・・・
この本で泣くとは夢にも思わなかったですよゥ。
っていうか、これで泣いちゃうのなんて私ぐらいですか?
ええ、百歩譲っても感動巨編じゃありませんから。


物語の舞台は江戸末期。
泰平の世であり、かろうじて妖怪の居場所が残されていた時代でもあります。

表立って裁くことのできない悪行を、金で請け負い闇に葬る、小悪党・又市一味。

小悪党と言っても、むやみと人死にを出すこともなく、その余波で誰かが迷惑をこうむる訳でもなく、全てを妖怪の仕業として、万事丸くおさめてしまうんですな。
その「仕掛け」は実に巧妙。
途中で「今回のターゲットはコイツだな?」って分かってしまうのだけど、それでも、からくりが明かされるくだりは、ワクワクしながら読んでしまいます。
 
 
短編集の体裁は取っているものの、これは全部繋がった1つの物語なんであります。
ここまで複雑に絡み合った因縁話しがあるものかい!と言いたいところだけど、それは、それ。

文庫本にはあり得ない分厚さの中に、おぎんさんの生い立ちやら、平家の落人の末裔やら、フラフラと頼りない百介の葛藤やら・・・妖怪まで担ぎ出されて、てんこ盛りのえらい騒ぎです。

それなのに、長さをちっとも感じさせないばかりか、どれもこれもキッチリとケリをつけての鮮やかなる幕引き。
お見事であります。


シリーズ前作「巷説百物語」では、あくまでも傍観者的立場だった百介が、今作では大活躍。
探偵役でもあり、語り手でもあり、(そうとは知らずに)仕掛けの片棒担ぎをしたり、死にそうな目にあったり、と、大変忙しそうです。

物語は完全に百介の視点で語られていくため、裏で仕掛ける又市はさらに深い闇の中へと身を潜めています。
影はちらつかせるものの、最後の種明かしになるまでちっとも姿を現しやしません。(でも、妙に存在感があって、格好いいんだよねー、又さんって・・・)
 
 
大店の若隠居でもある百介は、世の中の「表」に居ながらにして「裏」の世界に半分足を突っ込んだ、どっちつかずの立場から事の顛末を見届けることになります。

彼のポジションは、この物語でとても重要な意味を持っているんですね。

「表」と「裏」
この関係が、この物語には何組も登場します。

まっとうな「表」の世界で生きる百介と、「裏」の社会の住人である又市とその仲間。
表向きには妖怪の仕業とみせかけておいて、その実、裏に潜むは人間の浅ましさ、愚かさ、醜さ・・・等々。
(他にもたくさんあるけれど、ネタバレの恐れがあるから、省略)

この「表」と「裏」の間には埋まることの無い深い溝があり、本来、触れ合うべきものではありません。
「表」と「裏」の両方を見るという特権を与えられた百介は、極めて稀な境遇に置かれていることになります。
百介もそれは自覚していて、中途半端な自分にイラついたりもしています。(語り部としては最高の座席を確保してるんだけどね・・・)

はたして百介は「表」と「裏」、どちらに腰を据えるのか。
一連の「仕掛け」と共に、それが今作の主軸となっております。
 
 
舞台設定が「江戸時代」なため、少々古めかしい言い回しが用いられています。
そこのところに拒絶反応を起こさなければ、非常に楽しめること請け合いであります。
タイトルから連想しがちな、ホラー的な「怖さ」はありません。
が、それ以上の「怖さ」があるんです。
「さぁ、泣いてください!」と言わんばかりのメロドラマ以上の「悲しみ」(というより、「哀しみ」か)が、根底に流れています。
謎解きや冒険譚としてのドキドキ感もあったりします。
シリーズ前作「巷説百物語」と併せて読めば楽しさ倍増。
オススメですよゥ。
 
 
 
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