カテゴリー「とりとめのないコラム」の9件の記事

2008.04.23

今日は、ちょっと固いこと書くよ。

「死刑」の是非はともかく、弁護団の奇天烈な主張が受け入れられなかったのには、ホッとした。

光市の母子殺害事件の差し戻し控訴審で、元少年に極刑が言い渡されたとのニュースを見ての、私の率直な感想がそれだった。
 
 
判決後の記者会見で「この判決によってあなたは癒されるのか?」などと馬鹿げた質問をしている記者がいた。
いったい、どんな答えを引き出そうとしてこんな質問をしたのか知らないが・・・
癒されるわけなど、無いではないか。
彼は自分が戦うことで、たとえ自分の大切な人を奪って行った相手とはいえ、1人の人間を死に追いやったのだ。
その重荷は、生涯、背負って行かなければならない。
そんなことは、御本人は百も承知のはず。
それでも戦わなければならない理由が、彼にはあったのだと思う。
それは、決して復讐などではなかった、と、私は信じたい。
 
 
「死刑」は「復讐」でも「償い」でも「罰」でもない。
凶悪な事件を起こし、再び同様の事件を引き起こす恐れのある人間を世に放たないための「措置」であるべきだと、私は考えている。
だから、いかなる理由によっても期間の短縮を認めない「終身刑」があれば、死刑は無くてもよいと思っている。
ただ、今のこの国には「終身刑」はなく、あるのは「無期懲役」
これは、「期間を定めない」のであって、「死ぬまで出て来るな」というものではない。
そのため、「死刑」を容認せざるを得ない、というのが今の私のスタンスなのだ。

だって・・・
加害者が死んだからと言って、誰が救われる?
命をもって償うことなど、できはしない。
人の命を奪うだけでなく、その家族、自分自身の身の回りの人たちの人生を狂わせ、生涯消えることの無い傷を負わせた、その罪はあまりにも重い。
そんな罪を償えるなどと考えるのは、傲慢な思い込みに過ぎない。

それによって救われるものが居るとすれば、それは受刑者ただ1人だろう。
少なくとも、本人は死んでしまえば全て終わる。
でも残された者達にとっては、それが1つの区切りにはなるかもしれないが、その苦しみはその後も延々と続く。
それでは、あまりに不公平ではないか。
だったら、自由を奪われた牢獄の中で、罪の意識に苛まれながら、出来る限りの償いをさせ、命の尽きるまで苦しみ続けさせた方がいいと思うのだ。
 
 
今回の判決は、過去の例と比べても極めて重く厳しいものであり、今後の裁判のあり方にも影響を与える一例となるだろうと言われている。
1年後には、裁判員制度がスタートする。
この光市のような事件は、間違いなくこの制度が適用されるケースになるだろう。
何かと問題のある裁判員制度。
いったい、どうしてこんな制度を取り入れることにしたのか疑問に思っていたのだけれど・・・
判例に疎い一般市民が裁判に参加することで、判例重視の現在の裁判のあり方から、過去の事例にとらわれず個々の事件を絶対的に判定する方向へと流れを変える、1つのきっかけにはなるかもしれない。

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2007.07.04

しょうがない辞任

しょーもない大臣が、しょうがなくて辞任した。

わざわざ書かなくても分かると思うけど、久間(元)防衛大臣のことね。

問題発言そのものもモンダイなんだが、その後の対応の方もモンダイ大有りだとアタシは思った。
 
 
この人、いちおう謝罪したんだけど、誤ってる方向がさ、

違うだろっ!って感じ。

傷つけたり、不快な想いをさせたりしてしまった国民の皆様に対してじゃなく、「選挙前だってのに余計なこと言って足引っ張るようなマネをしてしまって与党自民党の皆様ゴメンナサイ」なんだもの。

どっち向いて謝ってるんですか?
 
 
それに、公の場で立場をわきまえず不適当な発言してしまったことを「マズかったかなぁ」と思っているのであって、考えそのものを改める気は毛頭ないようだ。

少なくとも、報道されているのをアタシが見た限りでは、その点に関する言及は無い。
 
 
辞任したご本人は、何故、これほどみんなが怒っているのか、どうして自分が辞任しなければならないのか、正しく理解していらっしゃらないのだろう。
自分がどれだけとんでもないことを口走ったのか、自覚していないだろう。

でなければ、あんなにヘラヘラ笑っていられるはずが無い。
 
 
宗教思想の自由。
言論の自由。
誰がどんな考えを持っていても、それをどう表現しようと、それは個人の自由だ。

だけどね、

「原爆投下はしょうがなかった」なんてセリフをペロっと吐いてしまうということは、常々、そう思っているからで、その程度の認識しか持ってない人が世界で唯一の被爆国であるこの国のよりによって防衛大臣のイスに座っていたことが、そもそも大モンダイなんじゃないのだろうか?
 
 
不祥事続きで、その不祥事を起こした張本人をかばい続け、むちゃくちゃな法案をザルみたいに通しまくってる安倍政権なんて、ハナっから信頼してないアタシだから、今さら支持率が下がったところで驚きはしない。
むしろ、いまだに支持している人が居るってことの方に驚愕する。

これで、今度の選挙で自民党が勝っちゃったりしたら、日本人はバカっつーことで。
 

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2007.06.19

スキありっ!

最近、そのへんを歩いてると、やたらと声をかけられる。
勧誘とかの類いではなく、100%道を聞かれるのだ。

「役所はどっちでしょうか?」
「○○小学校はどこですか?」

耳の不自由な方に道を尋ねられ、拙い地図を書きながら説明したこともある。

なんなんでしょう、いったい?

今日も、見知らぬおじいちゃんがニコニコしながら寄って来た。
変な爺さんかと思って思わず避けようかと思ったんだけど、どう見ても危険人物には見えないし、たとえ危険人物だったにせよ、どうひいき目に見ても腕っ節は自分の方が強そうだから立ち止まってあげたら
「すみません、公民館へはどう行ったらいいのでしょうか?」
と、聞かれた。

はいはい、この道を真っ直ぐ行って・・・と、懇切丁寧に教えてあげたらひじょうに感謝されてしまいました。

なんなんでしょう、いったい?

確かに、片手に買い物袋ぶら下げて、地元の主婦まる分かりな格好で歩いてますけど。

でもね、そういう雰囲気の人は他にもいっぱい歩いてるんですよ。
典型的ベッドタウンの平日の真っ昼間ですから。

それなのに、どーして、このアタシの所に真っ直ぐに歩いて来て道を尋ねるんでしょうね?

そんなに声をかけやすい顔してますかね、アタシ?

20代の頃は、そんなことまったくなかったんだけどな。
よっぽどスキが無かったのか(もしくは怖がられていたのか)、勧誘の類いでさえほとんど寄って来なかったのに。
それもどうかと思うが。

トシくって人間が丸くなり、それが顔に出ていてスキだらけに見える、とか?

喜んでいいんだか、どうなんだか。

でも、まぁ、人に道を聞かれて、ちゃんと答えられて、「ありがとう」とか言ってもらえたりすると、ちょっと嬉しい気持ちになる。
だから、たぶん、喜ぶべきことなんだろうな。

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2007.06.13

ぐだぐだ

ここのところ、年金まわりの問題が世間を騒がせている。

信じがたい数の記録が誰のものか分からない状態だと言って驚かせたと思えば、それとは別になんだかよく分からないものもあり、相談窓口を設けたはいいが相談者をさばききれなくて人々の不安と不満をさらに増大させ、ついにキレた1人の相談者が担当者をブン殴って逮捕された。

さらに、今度は基礎年金番号がダブってる人がいるみたい・・と、きた。

もう、グダグダである。
 
 
年金は国民全員に関わる問題。
しかも金が絡んでいるから、みんなの注目度も高い。
かねてから信頼を置けないとは思っていたけれど、それでも、大多数の国民は年金を払って来たはずだ。

それが、この大騒ぎ。
不払いに走る人が、一気に増えるんじゃないだろうか。
否応無しに天引きされているサラリーマンだって、できることなら払うのやめたいって思うはずだ。
 
 
私の年金もヤバい気がする。
実際に、記録が抜け落ちていたことがあったのだ。

基礎年金番号に一本化される時に確認の通知が来た時のハナシ。

転職をした際に、次の職に就くまでに数ヶ月の空きがあって、その間だけ国民年金を払っていたのだが、それが記録されていなかった。

すぐに訂正してもらったのだが、本当にきちんと訂正されているのかどうか、心配になって来た。
たかだか数ヶ月だけれど、その数ヶ月が抜けてるおかげで減額される可能性だって無きにしも非ずなんだから。

問い合わせたいところだが、電話はつながらないようだし、つながったとしてもトンチンカンな答えが返ってきそうだし、焦ったところで向こうが混乱していてどうしようも無さそうなので、少し時間をおいてから問い合わせてみるつもりで居る。

1年以内とか、早急にとか、そういうのはどうでも良いから、正確にキッチリ調査して、誰もが納得の行く対応をしてほしいものだ。
年金に対する国民の信頼は既に地に落ちてますから、焦ってもムダ。

っていうか、その調査と対応にかかる費用も、税金(元を正せば私たちの払った金)を使うんだよな。

・・・国民、やめたくなって来た。

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2007.02.07

もはや、死語?

なんだかさぁ、最近、ニュースを見てると「ねつ造」とか「偽装」とか「隠蔽」とか、そんな言葉ばっかりが耳に飛び込んで来るのね。

バレなきゃ何やっても良いっていう感じで、皆さん、やりたい放題みたい。

で、バレちゃったら

「ごめんなさい」って頭下げておきゃなんとかなる!

とか、

もー、この際、開き直っちゃえ!そうすりゃ、そのうち他の誰かが不祥事起こしてこっちのことは忘れてくれるに違いないっ!

・・・みたいな。

こういうのって、別に、ニュースになってる大企業や政治家のセンセーたちに限ったことじゃない気がする。
もしかしたら、日本中で「ねつ造」とか「偽装」とか「隠蔽」してるのかもしれない。
規模が小さいから、たとえバレてもニュースにならないだけで。

身近なところでは、違法駐車とか飲酒運転、給食費の未払い問題(経済的には払える状態なのに屁理屈こねて払わない親たちが居るらしい)、こういう行為の根底にあるのは「バレなきゃ良いじゃん」もしくは「自分さえ良けりゃいいのさっ!」ってズルい気持ちでしょう?

いじめ問題だって、そうだ。

で、「バレなきゃ良いじゃん」思ってズルしている人は、たいてい「自分だけはバレない」と思ってるんだろうな。
バレる奴は運が悪いんだ。まじめにやってる奴は要領が悪いんだ・・・なんて思ってるかもしれない。

そして「自分さえ良けりゃいいのさっ!」なんて思ってる人に限って、自分がちょっとでも損したり迷惑を被ったりするとモーレツな勢いで怒ったりして被害者ぶるんだぜ。
 
 
「良心」とか「正義」とか、口にするのもこっ恥ずかしい言葉だと思ってた。
そんなもの、当たり前に人の心にあるモンだと思ってたから。

でも、そんなもの何処かに捨てて来ちゃったみたいな人たちの話題ばかりを耳にしていると、なんだか、「良心」も「正義」も、もはや死語なんじゃないかって気がして来る。
悲しいことに。
 
 

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2007.02.01

そんなに悪いことなの?

「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」について、約7割の人が反対しているということが、毎日新聞の世論調査で明らかになったそうだ。

安倍さんも、ひとまずこの法案の提出は見送っちゃったようだけれど、これって、そんなに悪いことなんだろうか?

効率よくテキパキ仕事を片付けている人の方がお給料が少なくって、効率悪くダラダラ仕事している人の方がたくさんもらえる今の状態の方が明らかに間違ってる。
それは、確かだ。

中には、残業代欲しさに、昼間仕事サボっておいて夕方になってからおもむろに仕事しだす人だっているかもしれない。
そんなの、会社にとったらいい迷惑だ。

そういうダラダラした人やズルしてる人の仕事を、テキパキ働く人が肩代わりすることだってあるだろう。
そうすると、働いてる時間は同じでも、抱える仕事の量はテキパキさんのほうがずっと多くなる。
それなのにお給料が同じじゃぁ、せっかくのテキパキさんもやる気なくなってくるんじゃないのか?

だから、この法案の理屈は基本的には間違ってないと私は思う。

ただし、あくまで『基本的に』だ。
なんでかというと、現状のままでこの法律をボンッと持って来るには、かなりムリがあるからだ。
 
 
今現在、残業代をアテにしなければ生活が成り立たない人もたくさん居ると思う。
そういう人たちに「さぁ、今月から残業代は無しですよ」と言ったら、そりゃぁ、困るだろう。
今月から、いきなり仕事量が減るわけでもないし。

収入で適用範囲を決めたとしても、必ずボーダーラインの人は居るわけで、微妙なラインの人たちから不満の声が上がるのは避けられない。

みんなに納得してもらうには、残業代が無くても現在の収入と変わらないくらいに、みんなの基本給を上げないと無理だ。
 
 
それと、もうひとつは日本人の気質そのものに関わってくる問題。
同僚が残っていると、なんとなく帰りづらい・・・という人、けっこう居るんじゃないか?
それで、特に忙しくもないのにズルズルと会社に残っちゃう人。
周りと歩調を合わせないと不安でたまらなくなってしまう日本人には、こういうタイプの人がかなり多いと思う。

他が居残って仕事していようと、自分の仕事が終わったらサッサと帰る。
残された方も、「アイツ、もう帰れるのか。いいなぁ・・・オレもサッサと片付けなきゃ!」って思って頑張って仕事するようにならないと。

会社、果ては社会全体がそういうフンイキにならないと、けっきょく優秀な人が大量の仕事を抱えこまされることになって、サービス残業は無くなるどころか激増・・・ってことになってしまうだろう。
 
 
そういった問題を無くしてからなら、この法律は会社員にとって、とても良い効果をもたらすと思う。
ムダな残業時間をなくして生まれた余暇で、夜遊びするもよし、習い事するもよし、家に帰って英気を養うもよし。
朝早くから夜遅くまでみっちり働いて、グッタリ疲れきって帰宅するだけの今の生活より、よっぽど楽しく暮らせるようになるはずだ。

この法律を施行することで、そういった風潮に世の中を持って行きたい・・・と、そういう意図があっての今この時点での「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」という見方も出来なくもない。

でも、今まさに働いている人たちにしてみたら、それっていい迷惑なわけで。

遠い未来の会社員の皆さんのために、自分や自分の夫がタダ働きしたり、下手すりゃ過労死するのは、そりゃ、誰だってイヤだわさ。

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2005.11.18

軽すぎやしないか

いつも思うのだけれど、この国にはどうして「終身刑」が無いのだろう。

「死刑」の次に重い刑罰は、「無期懲役」だ。
これは、「期間を定めない」ということであって、「死ぬまで入ってなさい」という意味ではない。

つまり、模範囚だったりなんかすると、そのうち出て来られる可能性があるってことだ。

私は死刑廃止論者ではないが、「人を殺したら死刑だ!」なんて原始的なことを言うつもりも無い。
それでも、「人を殺しておいて、数年で社会復帰ってのはどうなのよ?」と、思う。

「死刑」や「終身刑」は、未来への可能性をまったく断たれてしまう極刑だとして問題視する人もいるようだが、じゃぁ、被害者はどうなんだ?
理不尽にも、未来への可能性をスッパリと断たれているではないか。
死んじゃったから、もういいのか?
違うだろ。

どうも、刑法だの刑訴法だのってのは、裁かれる側に有利に出来ているように思えて仕方がない。
それだけ、人が人を裁くのは難しいということの現れなのだけれど、ニュースで大きな事件の判決を見聞きするたび、どうにもやりきれない気持ちになる。

気になったのでちょっと調べてみたら、
「無期懲役」に服している人が仮釈放される率は、減少傾向にあるらしい。
つまり、「無期懲役」が「終身刑」とほぼ同等に扱われているということなのだ。
それはそれで間違ってないだろうか?
だいたい、「死刑」と「限りなく終身刑に近い無期懲役刑」って、どっちが重い罰なんだ?
(なんか、後者の方が苦しみは大きいような気がするんだけどな)

なんで、そんな曖昧なことになっているんだろうね?

こんな状態で、裁判員制度なんて導入して、大丈夫なんだろうか?
激しく不安だ。

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2005.09.09

一竹辻が花

「辻が花」というのは染色技法の一種で、室町時代にはきわめてメジャーな技法であったにもかかわらず、江戸時代にはすっかり姿を消してしまい「幻の技法」などと呼ばれている。
それを、現代によみがえらせ、さらに発展させたのが久保田一竹さんという御方。
単なる埋もれた技法の復活ではないため、一竹さんの作品は「一竹辻が花」と呼ばれている。

一竹さんが本格的にこの仕事に取り組み始めたのは、40歳の時。
それから延々と苦闘を重ねて、ようやく納得の行くものが出来上がったのが60歳の時。
40歳で何かを始めようと思うのもスゴイし、その後20年も頑張り続けたのもスゴイ。
普通、そんなパワー無いよね、この歳になると。

この「一竹辻が花」は、いわゆる絞り染めの一種で、えらい手間ひまが掛かる。
一枚の着物を仕上げるのに何ヶ月も掛かるんだそうな。
着物に仕立て上げて初めて作品として完成するものなので、布を糸で絞ったり、色を挿したりしている間は、素人が見たら何をやっているんだかサッパリ分からないだろう。
もちろん、作者の頭の中には完成図がちゃんとイメージできていて、それに向かってコツコツと作業を重ねていくのだろうけれど、私なんぞは一枚の布からどうしてあんなに美しい絵柄が浮かび上がるのか、不思議で仕方ない。

一竹さんは「四季・海・宇宙」をテーマにした「光響」という連作をライフワークにしておられた。これがまた、80連作と言う超大作。その完成を待たずに、一竹さんは亡くなられてしまったけれど、御弟子さんたちがその意志と情熱を引き継いでおられるそうな。
完成した80連作を、ぜひ、この眼で見たいものだ。


河口湖にある「久保田一竹美術館」は、展示物はもちろん、その外観も美しくて一見の価値有り。
http://www.itchiku-tsujigahana.co.jp/index.html

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2005.04.13

邪魔をするでない

ここのところ、ニュース番組では先日の中国での反日デモについて盛んに取り上げていて、韓国の方はどうなっちゃったんだかサッパリ報道されなくなってしまったけど、いずれにしてもご近所が何かと騒がしいことに間違いは無い。

中国政府のコメントによると、この騒動の全責任は日本にあるそうな。
まぁ、たしかに、戦後教育の中で加害者としての歴史を教えてこなかったのは事実。
でも、それは積極的に歴史を歪めようとしているというよりは、臭いものにはとりあえず蓋をしてしまいたがる日本人の国民性ゆえのような気がするんですが。
(だからといって、褒められたものじゃないってことも、もちろん承知している)
教育の場で語られなくとも、様々なメディアを通して、当時の日本に何が起こっていたのか、その結果何をしでかしてしまったのか、知ることはできる。
そこから何かを学び取り、二度とそんなことを繰り返してはならないと自覚することもできる。
それじゃダメなんだろうか?
ダメなんだろうな、きっと。

中国政府が「日本の国連常任理事国入り・・・云々」と言い出した時点で、この反日デモは政府も容認しているとの疑惑が、ほぼ確信に変わった。
なにがなんでも、阻止したいらしい。
常連理事国入りは日本政府の悲願みたいになっちゃってるけど、一国民の私としては「どーでもいっいですよぉ」って感じ。

なんだか、ますますこの反日デモは「中国人はこんなに怒ってるんだぞッ!」ってことをアピールするために利用されているだけのように思えてきた。
そうやって映像を見ると、嬉々として破壊行為におよぶ人たちの姿が、哀れにさえ見えてくる。
自分の国の国旗が燃やされ、踏みつけにされて、何も感じないわけじゃない。
そのくらいの愛国心は、アタシにだってある。
でも、だからといって、中華街に行って石を投げてこようとは思わない。
中国人だというだけで、色眼鏡で見たりはしない。
ああいった行為をしているのは、ごく一部の人で、大部分の人たちが普通に仲良くしたいと思っていると信じたい。
韓国なんて、サッカーのワールドカップ共催や韓流ブームで、市民レベルではすっかり友好ムードになっていたのに、それに冷水をぶっかけるようなアノ騒ぎ。
しかもその背後に政治の思惑が垣間見える。
やめてくれ。
人心を惑わすな。
邪魔をするな。
一人一人はみんな仲良くしたいと思ってるのに、なんで国家が邪魔をする?

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