カテゴリー「とりとめのないコラム」の30件の記事

2007.07.04

しょうがない辞任

しょーもない大臣が、しょうがなくて辞任した。

わざわざ書かなくても分かると思うけど、久間(元)防衛大臣のことね。

問題発言そのものもモンダイなんだが、その後の対応の方もモンダイ大有りだとアタシは思った。
 
 
この人、いちおう謝罪したんだけど、誤ってる方向がさ、

違うだろっ!って感じ。

傷つけたり、不快な想いをさせたりしてしまった国民の皆様に対してじゃなく、「選挙前だってのに余計なこと言って足引っ張るようなマネをしてしまって与党自民党の皆様ゴメンナサイ」なんだもの。

どっち向いて謝ってるんですか?
 
 
それに、公の場で立場をわきまえず不適当な発言してしまったことを「マズかったかなぁ」と思っているのであって、考えそのものを改める気は毛頭ないようだ。

少なくとも、報道されているのをアタシが見た限りでは、その点に関する言及は無い。
 
 
辞任したご本人は、何故、これほどみんなが怒っているのか、どうして自分が辞任しなければならないのか、正しく理解していらっしゃらないのだろう。
自分がどれだけとんでもないことを口走ったのか、自覚していないだろう。

でなければ、あんなにヘラヘラ笑っていられるはずが無い。
 
 
宗教思想の自由。
言論の自由。
誰がどんな考えを持っていても、それをどう表現しようと、それは個人の自由だ。

だけどね、

「原爆投下はしょうがなかった」なんてセリフをペロっと吐いてしまうということは、常々、そう思っているからで、その程度の認識しか持ってない人が世界で唯一の被爆国であるこの国のよりによって防衛大臣のイスに座っていたことが、そもそも大モンダイなんじゃないのだろうか?
 
 
不祥事続きで、その不祥事を起こした張本人をかばい続け、むちゃくちゃな法案をザルみたいに通しまくってる安倍政権なんて、ハナっから信頼してないアタシだから、今さら支持率が下がったところで驚きはしない。
むしろ、いまだに支持している人が居るってことの方に驚愕する。

これで、今度の選挙で自民党が勝っちゃったりしたら、日本人はバカっつーことで。
 

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2007.06.19

スキありっ!

最近、そのへんを歩いてると、やたらと声をかけられる。
勧誘とかの類いではなく、100%道を聞かれるのだ。

「役所はどっちでしょうか?」
「○○小学校はどこですか?」

耳の不自由な方に道を尋ねられ、拙い地図を書きながら説明したこともある。

なんなんでしょう、いったい?

今日も、見知らぬおじいちゃんがニコニコしながら寄って来た。
変な爺さんかと思って思わず避けようかと思ったんだけど、どう見ても危険人物には見えないし、たとえ危険人物だったにせよ、どうひいき目に見ても腕っ節は自分の方が強そうだから立ち止まってあげたら
「すみません、公民館へはどう行ったらいいのでしょうか?」
と、聞かれた。

はいはい、この道を真っ直ぐ行って・・・と、懇切丁寧に教えてあげたらひじょうに感謝されてしまいました。

なんなんでしょう、いったい?

確かに、片手に買い物袋ぶら下げて、地元の主婦まる分かりな格好で歩いてますけど。

でもね、そういう雰囲気の人は他にもいっぱい歩いてるんですよ。
典型的ベッドタウンの平日の真っ昼間ですから。

それなのに、どーして、このアタシの所に真っ直ぐに歩いて来て道を尋ねるんでしょうね?

そんなに声をかけやすい顔してますかね、アタシ?

20代の頃は、そんなことまったくなかったんだけどな。
よっぽどスキが無かったのか(もしくは怖がられていたのか)、勧誘の類いでさえほとんど寄って来なかったのに。
それもどうかと思うが。

トシくって人間が丸くなり、それが顔に出ていてスキだらけに見える、とか?

喜んでいいんだか、どうなんだか。

でも、まぁ、人に道を聞かれて、ちゃんと答えられて、「ありがとう」とか言ってもらえたりすると、ちょっと嬉しい気持ちになる。
だから、たぶん、喜ぶべきことなんだろうな。

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2007.06.13

ぐだぐだ

ここのところ、年金まわりの問題が世間を騒がせている。

信じがたい数の記録が誰のものか分からない状態だと言って驚かせたと思えば、それとは別になんだかよく分からないものもあり、相談窓口を設けたはいいが相談者をさばききれなくて人々の不安と不満をさらに増大させ、ついにキレた1人の相談者が担当者をブン殴って逮捕された。

さらに、今度は基礎年金番号がダブってる人がいるみたい・・と、きた。

もう、グダグダである。
 
 
年金は国民全員に関わる問題。
しかも金が絡んでいるから、みんなの注目度も高い。
かねてから信頼を置けないとは思っていたけれど、それでも、大多数の国民は年金を払って来たはずだ。

それが、この大騒ぎ。
不払いに走る人が、一気に増えるんじゃないだろうか。
否応無しに天引きされているサラリーマンだって、できることなら払うのやめたいって思うはずだ。
 
 
私の年金もヤバい気がする。
実際に、記録が抜け落ちていたことがあったのだ。

基礎年金番号に一本化される時に確認の通知が来た時のハナシ。

転職をした際に、次の職に就くまでに数ヶ月の空きがあって、その間だけ国民年金を払っていたのだが、それが記録されていなかった。

すぐに訂正してもらったのだが、本当にきちんと訂正されているのかどうか、心配になって来た。
たかだか数ヶ月だけれど、その数ヶ月が抜けてるおかげで減額される可能性だって無きにしも非ずなんだから。

問い合わせたいところだが、電話はつながらないようだし、つながったとしてもトンチンカンな答えが返ってきそうだし、焦ったところで向こうが混乱していてどうしようも無さそうなので、少し時間をおいてから問い合わせてみるつもりで居る。

1年以内とか、早急にとか、そういうのはどうでも良いから、正確にキッチリ調査して、誰もが納得の行く対応をしてほしいものだ。
年金に対する国民の信頼は既に地に落ちてますから、焦ってもムダ。

っていうか、その調査と対応にかかる費用も、税金(元を正せば私たちの払った金)を使うんだよな。

・・・国民、やめたくなって来た。

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2007.02.07

もはや、死語?

なんだかさぁ、最近、ニュースを見てると「ねつ造」とか「偽装」とか「隠蔽」とか、そんな言葉ばっかりが耳に飛び込んで来るのね。

バレなきゃ何やっても良いっていう感じで、皆さん、やりたい放題みたい。

で、バレちゃったら

「ごめんなさい」って頭下げておきゃなんとかなる!

とか、

もー、この際、開き直っちゃえ!そうすりゃ、そのうち他の誰かが不祥事起こしてこっちのことは忘れてくれるに違いないっ!

・・・みたいな。

こういうのって、別に、ニュースになってる大企業や政治家のセンセーたちに限ったことじゃない気がする。
もしかしたら、日本中で「ねつ造」とか「偽装」とか「隠蔽」してるのかもしれない。
規模が小さいから、たとえバレてもニュースにならないだけで。

身近なところでは、違法駐車とか飲酒運転、給食費の未払い問題(経済的には払える状態なのに屁理屈こねて払わない親たちが居るらしい)、こういう行為の根底にあるのは「バレなきゃ良いじゃん」もしくは「自分さえ良けりゃいいのさっ!」ってズルい気持ちでしょう?

いじめ問題だって、そうだ。

で、「バレなきゃ良いじゃん」思ってズルしている人は、たいてい「自分だけはバレない」と思ってるんだろうな。
バレる奴は運が悪いんだ。まじめにやってる奴は要領が悪いんだ・・・なんて思ってるかもしれない。

そして「自分さえ良けりゃいいのさっ!」なんて思ってる人に限って、自分がちょっとでも損したり迷惑を被ったりするとモーレツな勢いで怒ったりして被害者ぶるんだぜ。
 
 
「良心」とか「正義」とか、口にするのもこっ恥ずかしい言葉だと思ってた。
そんなもの、当たり前に人の心にあるモンだと思ってたから。

でも、そんなもの何処かに捨てて来ちゃったみたいな人たちの話題ばかりを耳にしていると、なんだか、「良心」も「正義」も、もはや死語なんじゃないかって気がして来る。
悲しいことに。
 
 

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2007.02.01

そんなに悪いことなの?

「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」について、約7割の人が反対しているということが、毎日新聞の世論調査で明らかになったそうだ。

安倍さんも、ひとまずこの法案の提出は見送っちゃったようだけれど、これって、そんなに悪いことなんだろうか?

効率よくテキパキ仕事を片付けている人の方がお給料が少なくって、効率悪くダラダラ仕事している人の方がたくさんもらえる今の状態の方が明らかに間違ってる。
それは、確かだ。

中には、残業代欲しさに、昼間仕事サボっておいて夕方になってからおもむろに仕事しだす人だっているかもしれない。
そんなの、会社にとったらいい迷惑だ。

そういうダラダラした人やズルしてる人の仕事を、テキパキ働く人が肩代わりすることだってあるだろう。
そうすると、働いてる時間は同じでも、抱える仕事の量はテキパキさんのほうがずっと多くなる。
それなのにお給料が同じじゃぁ、せっかくのテキパキさんもやる気なくなってくるんじゃないのか?

だから、この法案の理屈は基本的には間違ってないと私は思う。

ただし、あくまで『基本的に』だ。
なんでかというと、現状のままでこの法律をボンッと持って来るには、かなりムリがあるからだ。
 
 
今現在、残業代をアテにしなければ生活が成り立たない人もたくさん居ると思う。
そういう人たちに「さぁ、今月から残業代は無しですよ」と言ったら、そりゃぁ、困るだろう。
今月から、いきなり仕事量が減るわけでもないし。

収入で適用範囲を決めたとしても、必ずボーダーラインの人は居るわけで、微妙なラインの人たちから不満の声が上がるのは避けられない。

みんなに納得してもらうには、残業代が無くても現在の収入と変わらないくらいに、みんなの基本給を上げないと無理だ。
 
 
それと、もうひとつは日本人の気質そのものに関わってくる問題。
同僚が残っていると、なんとなく帰りづらい・・・という人、けっこう居るんじゃないか?
それで、特に忙しくもないのにズルズルと会社に残っちゃう人。
周りと歩調を合わせないと不安でたまらなくなってしまう日本人には、こういうタイプの人がかなり多いと思う。

他が居残って仕事していようと、自分の仕事が終わったらサッサと帰る。
残された方も、「アイツ、もう帰れるのか。いいなぁ・・・オレもサッサと片付けなきゃ!」って思って頑張って仕事するようにならないと。

会社、果ては社会全体がそういうフンイキにならないと、けっきょく優秀な人が大量の仕事を抱えこまされることになって、サービス残業は無くなるどころか激増・・・ってことになってしまうだろう。
 
 
そういった問題を無くしてからなら、この法律は会社員にとって、とても良い効果をもたらすと思う。
ムダな残業時間をなくして生まれた余暇で、夜遊びするもよし、習い事するもよし、家に帰って英気を養うもよし。
朝早くから夜遅くまでみっちり働いて、グッタリ疲れきって帰宅するだけの今の生活より、よっぽど楽しく暮らせるようになるはずだ。

この法律を施行することで、そういった風潮に世の中を持って行きたい・・・と、そういう意図があっての今この時点での「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」という見方も出来なくもない。

でも、今まさに働いている人たちにしてみたら、それっていい迷惑なわけで。

遠い未来の会社員の皆さんのために、自分や自分の夫がタダ働きしたり、下手すりゃ過労死するのは、そりゃ、誰だってイヤだわさ。

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2006.11.13

逃げるな

子供が自殺して、その原因が『いじめ』であったのにも関わらず、教育委員会に正しい報告をせず、そのことを追求された校長先生が自殺・・・
って、もう、気が滅入るようなニュースで、アタシはいったい世の中どうなってるンだ?状態に陥っている。

最初に、いじめの事実を隠していたという報道がされた時、その子はお金をせびられていたのに、それを単なる「生徒間の金銭トラブル」として報告していたって聞いて、まずビックリした。

金品を奪ったら、そりゃ、もう、『いじめ』の範疇ですらなく、立派な『犯罪』じゃないのか?

アタシが被害者の親だったら、警察に被害届け出しそうな勢いだ。
それを、学校の中の事件だからってことで、うやむやにされ、隠蔽され、少しくらいは叱られたかもしれないけれど、たぶんほとんど何のお咎めも無しに加害者の子たちは今日も元気に学校に行っているんだろう。
被害にあった子は、死んじゃってるのに。
だいたい、加害者の子たちは、相手が死んでしまって罪の意識に苛まれるなんてことはないんだろう。
それどころか、今回のことに味をしめて、同じことを繰り返すかもしれない。
そうやって、「バレなきゃ何やってもかまわない」とか「バレてもどうせ大したことない」という、誤った意識を刷り込まれたダメ大人が出来上がるんだ。
亡くなられたお子さんはもちろんだが、間違ったことを正されないまま大人になっていく子供たちも気の毒である。

大人たちは統計上の数字をゼロにすることに躍起になって、肝心なことを見失っていないか?
いくら「ゼロだ」と報告を出しても、実際には『いじめ』はあって、それを苦にして死を選んでしまう子供たちが居る。
その子たちを踏みつけにしての「ゼロ」に、いったい何の意味がある?
守るべきものは、いったいなんなんだ?

そうやってアタシが憤っているうちに、今度は先生が死んでしまった。
事実を隠蔽したことを追求され、心労に耐えきれなくなってしまわれたのだろう。
残されたご家族のことを思うと、この先生を非難する気にはなれない。
でも、できることなら、逃げずに頑張ってほしかったと思う。

アタシは「命の大切さ」なんて言葉は大嫌いだ。
そんなことは、言われなくたって分かってる。
そんなアッタリマエのことをもっともらしく、そして軽々しく語る人たちの顔を見てると、虫酸が走るくらいだ。
それでも、あえて言おう。
「命の大切さを教えなければならない立場の人が、勝手に死ぬな」

責任の重さを感じるのなら、その重みに耐えている姿を子供たちに見せることだ。
二度と同じ想いをする子供を出さないよう、必死で頑張る姿を子供たちに見せることだ。

そうでなければ、子供たちに「ツラかったら死んで逃げちゃえばいい」って思わせてしまう。
子供たちの信頼を得ることもできない。

「自分の身を守るために逃げる」のは、時には正しい選択になるとアタシは思う。
がむしゃらに立ち向かうだけが正解ではない時もある。
だけど、死んでしまうのは、ちっとも自分を守ってない。
それは、いちばん間違った選択だ。

日本中で、今まさにいじめられている子たちが、たくさんいるだろう。
その子たちに、どうか、生き延びてほしいと思う。
今は、カッコ悪くたってかまわない。
なりふり構わず逃げていい、泣き叫んで誰かにすがりついたっていい。
周りの大人にたくさん迷惑かけたっていい。
そうやって生き延びて、いつか、自分と同じ想いをする子供たちを助けてあげられるような、カッコいい大人になればいい。
コソコソと陰に隠れていじめてた奴らよりも、きっと、ずっと、カッコいい大人になれるはずだと思うんだ。

そして大人たちは・・・
子供たちが助けを求めて来た時に、決して逃げてはイケナイ。
子供と一緒に問題に向き合い、最良の解決策を探し出さなければならない。
一度でも子供の信頼を裏切るようなことがあれば、子供は心を固く閉ざしてしまうだろう。
子供たちが勇気を出して伸ばした手は、しっかりとつかんで離してはイケナイ。
共に苦しみ、悩んでくれる大人がそばにいてくれるだけでも、子供にとって大きな救いになるはずだ。
大人にとっても、それは困難で辛いことかもしれない。
それでも、やり遂げなければ大人としての責任を全うできていないことになる。

子供たちを取り巻く問題は、教育現場だけでは解決しない。
子供から信頼される大人であること。
それは、全ての大人にとっての課題なのだとアタシは思う。

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2006.11.09

漢字の読めない若者たち

昨日、なんとなくテレビをつけたら、NHKで「若者たちの日本語の能力が低下している・・・云々」っていう番組をやっていた。

今時の若者は漢字が読めないらしい。

どの程度読めないのかと思ったら、「そんな漢字が読めないままで、よく今まで生きて来たな」と、呆れるほど簡単な漢字が読めないんである。

魑魅魍魎が跳梁跋扈する

・・・なんてのが読めないんなら、良くはないけど、日常生活でしょっちゅう使うような言葉じゃないし、知らなきゃ絶対に読めないだろうから、まぁ、読めなくても大目に見てあげてもいい。
(ちなみに、ちみもうりょうがちょうりょうばっこする、だよ。意味は・・・辞書で調べてくれたまえ)

でもさぁ、職場で配布される資料に出てくる漢字くらい読めなきゃ困るだろー。
番組では、実際に漢字が読めなくてトラブルになったケースを紹介していた。
 
 
そういわれてみれば、私もそんな「漢字の読めない若者」に出会ったことがある。
以前勤めていた会社に、アルバイトの女子大生がいた。
私が休憩時間に本を読んでいたら、彼女はしきりに感心していた。
本が読めるなんて、スゴい!って言うんである。
私が読んでいたのは、べつに小難しい本ではなく、ごく普通の小説だ。
スゴくも何ともない。
ところが、彼女は本なんてまったく読まないという。
理由は、読めない漢字ばっかりで意味が分からず、ちっとも面白くないからなんだそうだ。

彼女は、れっきとした現役の女子大生だった。
彼女の名誉のために付け加えておくけれど、彼女は昼はアルバイトをしながら夜は大学に通う頑張り屋さんで、いつか昼間部に編入するという希望も抱いていた。(編入試験の前に漢字覚えとけよ・・・と、私は密かに思っていたのだが)

その時は、とんでもない女子大生がいたもんだと驚き、呆れたんだけれど、こんな番組が作られるところをみると、彼女はそれほど珍しい人ではなかったのかもしれない。
 
 
私にとって不思議でならないのは、漢字が読めないこと自体よりも、読めない漢字をそのまま放っておくことなのだ。

読めない字があって、気持ち悪くないんだろうか???

私は読めない字に出くわしたら、すぐに辞書で調べるけどな。
こうやってブログの記事を書く時も、常に辞書は手元にある。
「あれ、この言葉ってこういう使い方で良かったんだっけ???」と、自信が無いときにすぐに調べられるように。
 
 
こんなこともあった。
もう、何年も前の話しになる。
甥っ子が小学2〜3年生くらいの頃だったと思う。
2人でお喋りしていたら、「今日、授業でわからない言葉が出てきたんだ」と、甥っ子が言い出した。
聞いてみたら、なんてことは無い言葉で、私が教えてしまえば手っ取り早かったんだけど、「わからない言葉は辞書で調べるとイイよ。辞書、持ってる?」と尋ねてみた。
すると、「辞書は持ってるけど、使ったこと無いんだ」という答えが返ってきた。
驚いたことに、辞書は買い与えられているが、誰も辞書の使い方を教えてはくれなかったらしいのだ。
おばちゃんは、張り切って甥っ子に辞書の使い方を教えてあげた。

探していた言葉はすぐに見つかったんだけれど、その説明文の中にもわからない言葉があった。
辞書を引いていると、よくあることだ。
すぐに、その言葉についても調べた。
「2つの説明文を組み合わせて考えれば、最初に調べた言葉の意味はちゃんと分かるよね?」と聞くと、甥っ子は嬉しそうにうなづき、その後しばらく1人で辞書をパラパラとめくって何か調べていた。

ほんの数分の間に、甥っ子は2つの言葉を学んだことになる。
「おばちゃんに辞書の使い方を教えてもらった」という思い出とともに、彼の記憶に深く刻まれたに違いない。
 
 
「わからない字は、ちょっと調べてみる」
そんな簡単なことなのに、その簡単なことの積み重ねをしてきた人と、して来なかった人では、何年かの後に大きな差がついてしまうのだろう。
 
番組では、漢字能力の低下を携帯電話のメールやパソコンに原因があるかのように言っていた。
手書きをしなくなったことが大きな要因だと言いたいらしい。
確かにそれも一理あるだろうが、それだけではないと思う。
だいたい、読めなければパソコンで入力できないじゃないか。
その言葉の意味を知らなければ、そもそも使うことだってできない。
漢字が「書けない」理由が「手書きしなくなったこと」であれば納得がいくのだけれど、漢字を「知らない」ことの理由にはならない。
論理が破綻していること、この番組を作った人は気付いてないんだろうか。


番組で取材されていた企業では、社員に漢字の勉強を義務づけていて、それなりの成果が上がっているという。
何もしないよりは、やった方がいくらかはマシだけれど、単に漢字をたくさん知ってるだけでは、何の問題解決にもならないんじゃないだろうか。

言葉とは、全ての基本である。
なんといったって、私たちがモノを考える時にも、言葉を使っているんだから。
その言葉がお粗末だったら、思考もお粗末になったりはしないのか?
そんなことを考えたら、背筋がゾワッとした。

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2006.10.30

キミたちへ。

毎日のように、いじめが原因かと思われる、子供たちの自殺に関する報道が目に飛び込んでくる。
アタシは、悲しくって仕方なくなる。

どうして、10やそこらの子供が、自分で自分の命を絶たなきゃならないのか。
 
 
アタシが子供の頃にも、確かにいじめはあった。
たぶん、いじめは無くならない。
悲しいことに、人間ってのはそういう生き物なんだ。
いじめてる側の人間は、自分より弱いものを作って、いじめてしまうことで自分の強さを確信したいんだ。
それってスゴく醜いことで、いじめているヤツの方がずっと弱い人間なんだ。
本当は、自分より弱い人は守ってあげなきゃいけない。
自分が強くありたいなら、自分より弱い誰かをいじめるんじゃなく、自分より弱い誰かを守ってあげられるようにならなきゃいけない。
だけど、そうじゃない人があまりにも多い。
分かっていても、いじめる側にいないと、今度は自分がいじめられるんじゃないかとビクついて、いじめに加わる人もたくさんいる。
その気持ちも、分からないじゃない。
みんな、そんなに強くないんだ。

だから、きっと、いじめは無くならない。

じゃぁ、いじめられる人はどうしたらいいのか?

じっとガマンしてることなんか無い。
ひとりで耐えることは無い。

いじめられてしまうのは、キミが弱いからじゃない。
ちょっとだけ、運が悪かっただけのことだ。
ちっとも恥ずかしいことじゃないんだよ。

親に心配をかけたくないからという理由で、口をつぐんでしまう子も居るようだけど・・・

でもね、それはとっても間違っている。

親に何も告げないまま自分で命を絶つことほど、親不孝なことは無い。
そんな苦しい想いを親にさせるくらいなら、めいっぱい心配させておいた方がずっと良い。

アタシに子供はいないけど、アタシが親なら、子供のためならなんだってする。
だって、子供が笑って生きていける場所を確保してあげるのは、親のつとめでしょ。
そのために最大限の努力をする。
それが、親ってもんでしょ。

親がダメなら、きっと他にも誰かいるはず。
今は家と学校とせいぜい塾ぐらいしか無い、ちっぽけな世界に居るかもしれないけど、ホンモノの世界はもっとずっと広い。
広い世界の中には、手を差し伸べてくれる人が、きっと居る。
キミの生きる場所は、必ずどこかにある。

だから、大声で助けを求めて。
誰かを頼ることは、決して弱虫なことじゃない。
誰かを頼って、迷惑かけて、そうやって生きていくのも、人間なんだから。

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2006.09.13

飲んだら乗るな

今朝、何気なくテレビをつけたら、ちょうど各局とも朝のワイドショーをやっている時間で、軒並み「飲酒運転」について取り上げていた。

福岡で3人もの命が失われる大きな事件(もう、事故ではない)があり、「危険運転致死」が適用されるかどうかの瀬戸際で、マスコミはこの時とばかりに大騒ぎしているようだ。

にもかかわらず、各地で飲酒運転による事故が絶えないというのが、信じられない。

ペーパードライバーで酒も飲めない私にしてみれば、酒を飲んで車を運転するなど、狂気の沙汰としか思えないのだが。

きっと、飲酒運転にしても、路上駐車にしても、やらない人はゼッタイにやらないし、やる人は日常的に繰り返しているのだろう。
何のお咎めもないまま、違反行為を繰り返していれば、罪悪感は薄れて行く。

現に、飲酒運転をしたことのある人たちに、なぜ、飲酒運転をするのかアンケートをとったら

「いつも、大丈夫だったから」
「これまでに、怖い思いをしたことは無いから」

といった答えが返ってきたそうだ。

今まで大丈夫だからといって、今日も明日も大丈夫とは限らない。
自分だけは大丈夫だなんてことも、絶対にない。

そう、肝に銘じておこう。

厳罰化、大いに結構。
厳しく取り締まり、違反者には厳しい処分を下せば良い。

運転者の呼気から一定量以上のアルコールを検知すると、エンジンがかからなくなる車なんてのも登場しそうだ。
大いに結構。
積極的に開発を進めて、この機能がついていないと車検に通らないくらい、普及させれば良い。

でも・・・
そこまでしないと「飲酒運転」を無くせないのだとしたら、それは人として恥ずべきことなのだ。
それを、忘れてはならない。

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2006.08.15

終戦記念日に考えたこと

終戦記念日の今日、小泉さんは靖国神社に参拝した。公約どおりに。
そのことに関しては、特にどうこう言うつもりはない。
文句を言い続ける他所の国もどうかと思うし、ほとんど意固地になってるとしか思えないあの人の行動もどうかしてる思う。いい大人なのに。
ようするに、どっちもどっちだ。

だいたい、私にはどうこう言う資格なんて無いのだ。
なぜなら、靖国神社もA級戦犯も、あの戦争自体も、何ひとつ確かなことは知らないからだ。

東京裁判について知らない人は、20代だと9割に上るそうだ。
私も、そういう事があったことは知っているが、その中味までは知らない。

なんで知らないかって言うと、誰も教えてくれなかったから。

教えてもらわなくっても、自分で勉強すれば良いじゃないかって言われればそれまでだけど、よっぽど興味が無ければ自ら進んで勉強することは無いだろう。

学校で習う日本の歴史は、大抵そこまで辿り着かないうちに授業が終わってしまう。
歴史の授業はいつも古代から始まって、せいぜい頑張って明治維新あたりまでだった。
弥生式土器や「イイクニツクロウ鎌倉幕府」は知っていても、真珠湾攻撃や東京裁判は知らないまま卒業してしまう。

本当はあの戦争の前後については、そういった日本の歴史とは別に、学校できちんと教えておくべき事だったんじゃないかと思う。
あの戦争で何が行われ、何が行われなかったのか。
被害者としての歴史だけでなく、加害者としての歴史も含めて、全ての国民が正しく知る権利と義務がある。

今日の小泉さんの靖国参拝を受けて、安倍さんが「責任問題は歴史家の判断に任せて」などとのたまったようだが、それは違うだろう。
国民一人一人があの戦争が何故行われたのかを理解し、2度と繰り返さないためにはどうすればいいのかを考えなければならない。
なぜ、今まで教えてこなかったのだろう?
60年も経っていれば、とっくに答えは見つかっていたんじゃないだろうか?

そんな教育をやったからといって、周辺諸国からの風当たりが弱まるかどうかは分からない。
それでも、やらないよりは、やった方がいい。
「謝罪しろ」と言われても、何を謝罪すればいいんだか分からずにポカンとしてるよりは、ずっといい。

この日に向けて、マスコミでは靖国神社や東京裁判についてさかんに取り上げ、報道していた。
おかげで、少しだけ、あの戦争について知ることが出来たような気がする。
小泉さんが靖国神社に行くって言わなければ、こんな事は無かっただろう。
あの戦争について考えてみるきっかけを作ったという点では、小泉さんもちょっとは良い事をしたことになるかもしれない。

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2005.12.11

予知夢?

夢で見たのとそっくり同じことが現実に起こったこと、ありますか?

夕べ、我が家のちっぽけな庭に、近所の猫達がゾロゾロと集まって来る夢を見たのですよ。
夢の中の私は、その様子を2階のベランダから眺めてました。
猫達はみんな私になついていて、すごく可愛いかった・・・

自分は犬猫大好きなもので、眼が覚めた時、とっても幸せーな気持ちでした。

そして、今日・・・
相方と一緒に、玄関先で掃除したり花の手入れをしたりしていると・・・
ご近所の飼い猫で、何故か私によくなついている三毛猫が「ニャー」とか言いながら走り寄って来ました。
この子はよくウチに遊びに来る猫なんで、「おー、また来たか」って感じだったんですけど、この子の後からゾロゾロと他の猫たちがくっついて来てしまいまして。
ウチの玄関先は猫の集会場のような有様に・・・

ええ、夢で見たのとほとんど同じ状況ですよ。

しかも、ウチの玄関は高い位置にあるので、猫たちが集まって来る様子を私は見下ろしていたのです。

まさに、夢のとおり。

「庭」と「玄関先」という、場所が違っているだけで、「猫がたくさん集まって来る」というのと、「私がそれを高い所から見下ろしている」という状況が一致。

起き抜けに、夢の話しを相方にしていたもので、ふたりして
「すごいじゃん、これって正夢?予知夢?」
「眠っていた潜在能力がついに目覚めたか?」
などと、大はしゃぎしてしまいました。

お馬鹿な夫婦ですね。

でも、なんか、ちょっと楽しい気分でした。
猫とジャレて癒されたし。

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2005.12.03

絵はゆったり眺めたいの

昨日は、上野の森に行って美術館巡り(といっても、2つだけ)をしてまいりました。

「混むから」というので、朝早くに出掛け
夕方、クタクタになって帰宅。
帰宅するなり爆睡・・・
目が覚めたら真っ暗で、大慌てで食事の支度・・・
夕方寝たにも関わらず、食後もウトウト。

ブログの更新などしている余裕は皆無の一日でした。

行動範囲の狭い専業主婦なもんで、たまに電車に乗って外出すると疲れるのなんのって・・・
OLしていた頃は、こんな無かったんですけどねぇ。
あぁ、情けない。


東京都美術館でやってるロシアの「プーシキン美術館展」を見て来たんですが・・・
混んでました。
絵は、もっとゆっくり、ゆったり、見たいよなぁ。
思っていたほど点数も多くなかったんで、ザザーーーっと眺めて出て来ちゃいました。
あんまり印象に残ってません・・・
モネの睡蓮の絵ぐらい???

やっぱり、自分は洋画より日本画の方が好きなんだと実感しました。
特に、油彩のコテコテした感じが好きじゃないみたいです。

本当は、国立博物館の「北斎」が見たかったんです。
でも、同行者の第一希望がプーシキンだったんでそちらを優先したら、とてもじゃないけどもう1つ回るほどの体力は残っていなくて、諦めました。
また、どこかでやりますよね、北斎だったら。


それにしても、どうして、みんなあんなにベターーーっとへばりつくようにして絵を見るんでしょう?
ちょっと離れて見た方が、絵、全体を見れて良いと思うんですけど。

混んでいる時は仕方ないので諦めますが、割と空いている時は、私はちょっと離れて見て歩きます。
この間、別の美術展に行ったとき、そんなに混んでいなかったので、私はゆったりと絵を眺めながら回っていたのですよ。
「離れて」と言っても、絵と私との間の距離は人が1人か2人入れるかどうかって程度でした。
そこへ、40代くらいの夫婦とおぼしき2人組がズイッと割り込んできまして、絵に顔を近づけ仔細に検分しながらウンチクを垂れだしました。
後ろで私が見ているのにですよ。

ったく、ウンチク垂れる前にマナーを学んで来い!ですよ。

そういう絵の見方もあるのでしょうが、もうちょっと、周りの状況を考えてやって欲しいものです。

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2005.11.18

軽すぎやしないか

いつも思うのだけれど、この国にはどうして「終身刑」が無いのだろう。

「死刑」の次に重い刑罰は、「無期懲役」だ。
これは、「期間を定めない」ということであって、「死ぬまで入ってなさい」という意味ではない。

つまり、模範囚だったりなんかすると、そのうち出て来られる可能性があるってことだ。

私は死刑廃止論者ではないが、「人を殺したら死刑だ!」なんて原始的なことを言うつもりも無い。
それでも、「人を殺しておいて、数年で社会復帰ってのはどうなのよ?」と、思う。

「死刑」や「終身刑」は、未来への可能性をまったく断たれてしまう極刑だとして問題視する人もいるようだが、じゃぁ、被害者はどうなんだ?
理不尽にも、未来への可能性をスッパリと断たれているではないか。
死んじゃったから、もういいのか?
違うだろ。

どうも、刑法だの刑訴法だのってのは、裁かれる側に有利に出来ているように思えて仕方がない。
それだけ、人が人を裁くのは難しいということの現れなのだけれど、ニュースで大きな事件の判決を見聞きするたび、どうにもやりきれない気持ちになる。

気になったのでちょっと調べてみたら、
「無期懲役」に服している人が仮釈放される率は、減少傾向にあるらしい。
つまり、「無期懲役」が「終身刑」とほぼ同等に扱われているということなのだ。
それはそれで間違ってないだろうか?
だいたい、「死刑」と「限りなく終身刑に近い無期懲役刑」って、どっちが重い罰なんだ?
(なんか、後者の方が苦しみは大きいような気がするんだけどな)

なんで、そんな曖昧なことになっているんだろうね?

こんな状態で、裁判員制度なんて導入して、大丈夫なんだろうか?
激しく不安だ。

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2005.11.06

夫婦の会話(ウチの場合)

うちの相方は、ときどきウンチクをたれる。
それも、何の脈略も無く、唐突にたれる。

昨日も、いきなり
「人間の短期記憶ってさー」と、きた。

休日の穏やかな午後、洗濯物を畳みながら交わす夫婦の会話の話題に選んだのが、それですかっ?

まぁ、私は慣れているんで、驚きはしませんけど。
亜空間から転送されて来たかのような、めくるめく話題転換にもちゃんとついていきます。
 
 
で、相方のウンチクによると・・・
人間が短期間に記憶できるものは7個が限界なのだそうだ。
7桁の数字はパッと覚えられても、8桁になるととたんに怪しくなるんだと。
だから、世の中には「7」でひとくくりにされる物がたくさんあるというのだ。

「1週間は7日だよね。七福神なんてのもあるでしょ?」
嬉々として語る相方。

そして、私も口を挟む。

なるほどー!

7人のおサムライ様の名前はすぐに覚えられるけど、

サイボーグ009はウロ覚えな人が居るよねー。

即座にそんな例えを出してしまう私は、かなり偏った人ですか?
 
 
我が家では、こんな会話が日常的に交わされています。
やっぱり・・・変な夫婦ですよ・・・ね?

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2005.09.09

一竹辻が花

「辻が花」というのは染色技法の一種で、室町時代にはきわめてメジャーな技法であったにもかかわらず、江戸時代にはすっかり姿を消してしまい「幻の技法」などと呼ばれている。
それを、現代によみがえらせ、さらに発展させたのが久保田一竹さんという御方。
単なる埋もれた技法の復活ではないため、一竹さんの作品は「一竹辻が花」と呼ばれている。

一竹さんが本格的にこの仕事に取り組み始めたのは、40歳の時。
それから延々と苦闘を重ねて、ようやく納得の行くものが出来上がったのが60歳の時。
40歳で何かを始めようと思うのもスゴイし、その後20年も頑張り続けたのもスゴイ。
普通、そんなパワー無いよね、この歳になると。

この「一竹辻が花」は、いわゆる絞り染めの一種で、えらい手間ひまが掛かる。
一枚の着物を仕上げるのに何ヶ月も掛かるんだそうな。
着物に仕立て上げて初めて作品として完成するものなので、布を糸で絞ったり、色を挿したりしている間は、素人が見たら何をやっているんだかサッパリ分からないだろう。
もちろん、作者の頭の中には完成図がちゃんとイメージできていて、それに向かってコツコツと作業を重ねていくのだろうけれど、私なんぞは一枚の布からどうしてあんなに美しい絵柄が浮かび上がるのか、不思議で仕方ない。

一竹さんは「四季・海・宇宙」をテーマにした「光響」という連作をライフワークにしておられた。これがまた、80連作と言う超大作。その完成を待たずに、一竹さんは亡くなられてしまったけれど、御弟子さんたちがその意志と情熱を引き継いでおられるそうな。
完成した80連作を、ぜひ、この眼で見たいものだ。


河口湖にある「久保田一竹美術館」は、展示物はもちろん、その外観も美しくて一見の価値有り。
http://www.itchiku-tsujigahana.co.jp/index.html

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2005.08.01

涙の理由

身内に不幸があり、ちょいとバタついておりました。
亡くなったのは、私の祖母。
90歳をとっくに通り越して、100まであとわずか・・・という高齢でした。
ほとんど寝たきり状態で、自分の子供の顔さえ分からなくなっていたとはいえ、どこが身体の具合が悪いという訳でもなかったので、100歳突破は固いと思っていたのだけれど。
かろうじて繋がっていた命の糸が、ホンのはずみでふっつりと切れてしまった・・・そんな最期だったようです。
世間で言うところの、大往生というものでしょう。


知らせの電話を受けた時、私は「ああ、そうなの・・・」と言ったきりで、何の感情もわいてこなかった。
祖母の思い出は、あまり無い。
おばあちゃんらしいことをしてもらった記憶も、優しい言葉をかけてもらった記憶も無い。
祖母はいつも気難しい顔をしていて、怖くて、近寄りがたい人という印象しかない。
大人になってからなどは、私にとっては祖母は居ないも同然の人だった。
「この人が死んでも、私が泣くことはあるまい」と、ずっと思っていた。

ところが・・・
電話を受けた夜、「最近、ちょっと太っちゃったけど、喪服、着れるかなー?明日、朝イチで着てみないとマズいかもなー」などと思いながら布団に潜り込み、「そうか、あの人、もう居ないんだ」そう思った瞬間、涙が溢れ出して来た。
「悲しい」とか「寂しい」とかいう感情があるとは、とても思えない。
死に目に会えなかったことや、ちっとも会いに行かなかったことへの「後悔」があるわけでもない。
なんで自分が泣いているのか、サッパリ分からないまま、私は延々と泣き続けていた。

どうしてあんなに泣いたのか、今日になっても、まだ分からない。


葬儀のあと、祖母の若い頃のことを初めて聞いた。
それが、すごいんである。
小説1本どころか、エピソード1、2、3と三部作ぐらいは書けてしまいそうなほど、ドラマチックな人生を送った人だったのだ。
(私の祖母になる頃には、普通の婆さんだったが)
偏屈な婆さんだと思っていた祖母が、昼メロを地でいく複雑な生い立ちとロマンチックなエピソードの持ち主だったなんて。
いったい、祖母は、100年近い人生を、何を思って生きていたんだろう?

書いてみたい!と、思った。
祖母をモデルに、1つの物語を書いてみたい。

私なんぞの筆力で大したものが書けるとは思えないし、完成させられるかどうかもはなはだ怪しい。
人目に触れさせる気も更々無い。
それでも、祖母のことを考えながら、文字を綴ることは、祖母への供養になるのではないか。
ちっともなつかなかった、可愛げのない孫には、もう、これくらいしかできることは無い。

それに、そうやって書き続けるうちに、私の流した涙の理由も、ハッキリするような気がするのだ。

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2005.07.15

たかがレジ袋、されどレジ袋・・・か?

スーパーのレジ袋を有料にするよう、法律を作っちゃいましょうって騒いでいたと思ったら、こんどはコンビニ業界が「反対!」と騒ぎ出したみたい。

う〜〜〜ン、まぁねぇ、気持ちは分からないじゃないけど、なんかセコくない?

有料化は賛成なのよ、私も。
地球環境を守るためだもの、ドンドンやっていいただきたいわ。

でもね、それを法律で強制されるっていうのが、すごーくイヤなの。(巨大フォントで気持ちを表現してみました)

確かに、世の中には法律でどうにかしなければ解決しない問題も有る。

でも、たかがビニール袋だよ?
なんでもかんでも、法律で規制すればいいってもんじゃぁないでしょう。

スーパー側は「ウチだけ有料にしたら売り上げが減るんじゃないか」って恐れていて、だったら法律で規制してみなさん御一緒に・・・ってコトなんだよね。

なんかさぁ、消費者をバカにしてない?

私だったら、「この店は環境に配慮していて好感が持てるわ!」って、積極的にその店を利用させてもらうけどなぁ。

「あっちは袋が有料だから行かない!」なんて、セコいこと言わないって。
袋代を払いたくなければ、自分で用意するもの。
それぐらいの、知恵は有ります。


今のところ、私はレジ袋を貰ったり、貰わなかったり。

でも、なるべく貰わなくて済むように、買い物用の袋を購入いたしました。

今までは布製の大きめのバッグを買い物用にしていたんだけど、これだと重たくってね。
醤油とかキャベツ1個とか買っちゃうと、泣きたくなるくらいなんだわ。

軽くて、丈夫で、気軽に洗えて、収容力もそれなりに
コンパクトに畳めて、なおかつシワにならない
でもって、いかにも「主婦のおつかい」的なダサダサなのではなく、ちょっとオシャレっぽい
(まぎれもなく、「主婦のおつかい」なんだけどさ)
そんなのを、探してました。

やっと見つけたのは、ナイロン製で畳むとケータイくらいのサイズになるもの。
爽やかめのストライプで、夏に向けてちょうどいいカンジです。
なんたって軽いし、ナイロンだけどあまりペラペラ感はなく、バッグに放り込んでおいても邪魔にならない小ささ。
しかも、値段は580円!(実は、これが決め手だったり)

オシャレな私(え?)としては、服にあわせて何種類かの袋を用意しておきたいところ。

でも、なかなかお眼鏡にかなうのが見つからなくてねぇ。
これに辿り着くまでにも、ずいぶん探しました。
なんで、無いんだろー。
レジ袋を有料にするなら、素敵な買い物袋を作ってくれないかなぁ。

う〜ん、気の効いた買い物袋を作ったら、オシャレでエコロジーな奥様に大人気のヒット商品になるかもしれないねぇ。

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2005.07.07

胃酸過多・過多?

最近、巷では胃酸過多が流行っているのですか?

伝染病でもなんでもないにも関わらず、相方くんの周囲には胃酸が出過ぎな人が多いんだって。
「やたら多いんだよね〜」と、なにやら嬉しそうに言ってましたが。

彼がこの病名に鋭く反応したのは、なにを隠そう妻である私が胃酸過多になって大騒ぎしたことがあるからであります。

初めてなったのは、おととしのちょうど今ごろ。
最初は喉のあたりに妙な圧迫感があって、変だな?とは思いつつも、特に体調もどうということはなかったので様子を見てました。
でも、その症状があまりに長く続いたので、さすがに怖くなって病院へ。
どこに行っていいのか分からなかったため、最寄りの内科に行ってみました。

症状を言うなり、
「あ〜、それ、悪いのは胃なんですよねぇ」と、先生。
「胃、ですか?」
「胃酸の出過ぎて、食道や喉が荒れちゃうんですよ」

自分では胃が悪いとはこれっぽっちも思っていなかったので、ビックリしました。
だって、食欲は普通にあったし。

「原因はストレスだったりするんですよ。今、すごく多いんです!」
と、断言なさる先生。

ストレスですかーーー?

なにかっていうと、ストレスですね。
私が体調崩して病院に行くと、必ずと言っていいほどそう言われます。
過敏性腸症候群なんて、ほとんど持病みたいなものだし。
神経痛も出ます。

どれもこれも、薬を飲んでもちっとも良くならないところを見ると、やっぱりストレスなのかしらね?

その時も、胃の薬を飲んでもなかなか直らず、ますます酷くなるばかり。
最悪の時は、胸の真ん中から破裂するんじゃないかって思うくらい苦しくなりました。

たしかに、心配事を抱えてたんですよ。
で、それが解決したら、嘘のように直っちゃいました。
やっぱり、ストレスか・・・

そして、去年のちょうど今ごろ、また同じ症状が出たんです。
今度は不眠症状も出ていたので、同じ先生にその旨を伝えると
「そんなに寝てないんじゃ、身体もおかしくなるわよ。とにかく、寝なきゃダメ!」(若い女医さんなのです)
と、おっしゃって、胃の薬とともに睡眠薬を処方してくださいました。

不眠が解消するのと同時に、胃の方もケロッと直りました。
 
 
これまでに何度も「原因はストレスです!」と断言されたことのある私ですが・・・
私の場合の「ストレス」って、原因がハッキリしてるのは稀なんですね。
日々の小さなストレスの積み重ねで、本人も気付かないうちに少しずつ神経が疲れて、すり減って、ある日身体が悲鳴を上げて、初めてストレスを受けてたってことに気付く・・・みたいな感じです。

そうやって私が調子を崩すと、「なにをそんなに悩んでるの?」ナンテ言われてしまうのですが、特にこれといって無いんですよ。
悩みや心配事が無くたって、心が疲れることはありますよね。
そこンとこを理解してもらえないのは、ちょっと悲しいです。
誰だってストレスは受けているけれど、その許容量にも処理能力にも個人差があって、それはもう、どうしようもないんだって、私は思います。

で、今年もまたその季節がやって来ました。
・・・怪しいんですよ。
ちょっと、う〜ぷぷぷ・・・って感じです。
なんで、この時期なんでしょうねぇ?
ちょうど、疲れが溜まってくる頃合いなんでしょうか?
「今年はすごく調子いいなー」って、ついこの間まで思ってたんですけどねぇ?

とにかく、医者通いしなくて済むよう、適当に発散するに越したことは無いですね。

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2005.06.22

白黒つけられるか、日本人

裁判員制度が、2009年にも実施される見通しだとか。
ちょっと気になったので、あちこち調べて回ったところによると、とりあえず「導入するよ!」ってことと、大雑把な仕組みが決まっただけで、細かな調整はまだこれからみたいね。

そーゆー難しいこと、わかんなーい。
なんて言ってる場合じゃない。

なんたって、二十歳以上の人は誰でも裁判員として指名される可能性があるんだから。

「裁判員」は市民が裁判官と一緒に、有罪か無罪かを判断し、その刑も決めなければならない。
責任重大だ。
「裁判員」は二十歳以上の一般市民から無作為に選ばれ、裁判所が認める重大な理由が無い限り、これを拒否することは出来ない。
逃げられないんだよ、どうする?

この件に関しては、いろんな機関がアンケートをとっている。
それによると、
裁判員として積極的に裁判に参加したいと考えているのは、だいたい3割くらい。
残りの7割は、ほとんど及び腰。
だそうな。

「参加したくない」と答えた理由は
 判断が難しい
 人を裁きたくない
 自分は関わりたくない
だいたい、そんなところ。

年齢が高い人ほど、「参加したくない」と感じているようで、20代〜30代になると「参加したい」と考える人の割合が高くなるんだそうな。
私は、元々、法律とか刑事裁判とかに興味があって、そっち方面の勉強をしていたこともあるので、お呼びがかかったら喜んで参加させていただくと思う。
もちろん、野次馬根性的な興味ではなく、重大な事件の裁判に当事者として関わることは、国民としての義務であり、権利でもあると考えるから。


それでも、不安はある。
人が人を裁くのは、本当に難しい。
はたして、素人にどこまで正しい判断が出来るのか。

だいたい、法律用語って難しいし、独特の言い回しするし、普通の人にも理解しやすいように書類作ってくれるの?

有罪と決定したとしたら、今度は量刑も判断しなきゃならない。
じゃぁ、どの程度が妥当なのか?
刑罰にも相場ってものがあるよね。

判断を下すのに、「感情」を入り込ませない自信がある?
私みたいに、す〜ぐ感情移入しちゃう人間に、公平な判断が出来るんだろうか?

だいたい、二十歳以上ランダムっていうのも引っ掛かる。
仮に私が裁かれる側の立場だったとしたら、チャラチャラした兄ちゃんに「有罪で決まりっしょ!」なんて言われたかぁないぞ。

報復を恐れる気持ちも、分からないわけじゃない。
法廷に列席したら、関係者に顔が知れ渡る。
アメリカで量刑を不服とした被害者の父親が裁判官だか陪審員だかを銃撃したって事件があったような気がするんだけれど、それともそれは映画のネタだったか・・・???
どっちにしろ、あり得ない話しではないと思う。
テロのような組織的犯罪の場合は裁判員制度の適用から除外するらしいけど、その線引きも難しいんじゃないだろうか。

仕事を持つ身の社会人にとって、数日とはいえ、裁判所に足を運ぶことは、現実問題として可能なのか?
上司に、「裁判員に選ばれましたので、1週間ほど仕事に来れません」って言ったら、「そうか、頑張ってくれよ」って、ニッコリ笑って送り出してくれるんだろうか?
お店を臨時休業にしなきゃならなくなって、その分売り上げが減ったらどうするのさ?

問題は山積みだよね。


この「裁判員制度」は、アメリカやヨーロッパの一部で行われている制度とは微妙に違う、日本独自の制度を目指しているのだそうだ。
でも、「自分で判断して、自分の責任で結論を下す」っていうのが大の苦手な日本で、こんな制度が上手く機能するんだろうか?

事なかれ主義、玉虫色、白黒つけたがらない・・・
この国には、適当にお茶を濁して、どうにか乗り切っちゃえ!みたいな風潮が、はびこってるでしょ。
そんな日本人に、人の人生左右するような決断、できるんだろうか?

それに、日本って、めっちゃくちゃ縦社会だもの。
自分は目の前のことだけ一生懸命やっておけば、あとは「上」が上手くやってくれる。
そういうのが、日本全国通津浦々、骨の髄まで染み渡っちゃっているじゃない。
責任を逃れて権利だけ主張したり、権利と責任をセットで放棄したりしちゃってるような国民に、自分の責任で何かを判断したりできるんだろうか?


救いなのは、若い世代の人たちが積極的に参加したいと考えていることかな。
形だけ作っても、それが定着するだけの土壌が無ければ、すぐに立ち行かなくなる。
でも、もしもこの制度が上手くいくようなら、日本もまだまだ捨てたもんじゃないって、思えるかもしれない。
良くない国民性を、打倒できるかもしれないじゃない?
若い世代の力でさ。
あぁ、でも、やる気満々なだけじゃダメだよ。
せめて、調書の漢字ぐらいは、ちゃんと読めるようでないとね。


裁判員制度については、こちらに詳しい解説がありますので、興味のある方は、ぜひ行ってみて下さい。

日本弁護士連合会HP
最高裁判所HP

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2005.06.20

敵の侵攻を阻止せよ

アリさんとアリさんがコッツンコ・・・ってのには意味が有るそうだ。
そうやって触れ合うことで、同じ巣の仲間であるかどうか識別しているんだとか。

先日、庭先でアリが行列をなしていた。
確かにやってる。
すれ違いざまに、コツンと。
ほぉ〜〜〜と感心し、しばらく観察していた。
(私も、いーかげん暇だな)

自分の身体の何倍もある大きな荷物を運ぼうと躍起になっている身の程知らずなヤツとか、仲間が必死に働いてるのに、1人だけトンチンカンな場所でフラフラしている間抜けなヤツとか、アリの世界にも色んなのがいるようだ。
まとめあげるのは、さぞかし大変なことだろう。

そういえば、子供の頃、よくアリの巣をほじくりかえして遊んだっけ。
アリにしてみれば迷惑きわまりない行為だわね。
でも、慌てふためいてるアリの姿を見るの、面白かったのよね。
(そんな野生児でしたの。オホホ)

そんなわけで、外で行列してる分にはいっこうに構わないんだけれど、一昨日あたりから家の中でウロチョロしてるのを見かけるようになった。
最初は2〜3匹だったのが次第に数が増え、昨日になって爆発的に増加。
外は構わないが、家の中は困る。
ここは私のテリトリーだ。
君たちの来るべき場所ではない。
見つけ次第、せっせと駆除したのだけれど、しばらくすると、また新手がやってくる。

私がキーキー言ってるのをうるさく思ったのか、「どこから入って来るんだ?」と、無関心を決め込んでいた相方くんも調査に乗り出す。
しかしねぇ、安普請であっちこっち隙間のある家だから、アリなんて入ろうと思えばどこからでも入れるのよね。
調査は難航。
しばらく探したけれど分からなくて、けっきょく夜になってようやく侵入口を見つけた。
すかさず、相方くんが侵入口に向かって殺虫剤を注入。
アリに効くかどうかは分からないが、まぁ、なんとかなるだろう。
床をウロつくアリどもをきれいに片付け、様子を見ることにした。

一夜明けて・・・
今のところ、敵が侵入している様子は無い。
ふふん、諦めたな。

今ごろ、彼らの巣にはこんなビラが貼ってあるかもね。
 
 
報告:先に発見せし、新たなる食料供給地の件

先遣隊はことごとく行方不明。
業を煮やし本体を派遣するも、壊滅的なダメージを受け、撤退を余儀なくされる。
これにより、当該区域を危険地帯と判断し、侵攻を断念するものとする。

                       以上

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2005.06.11

あなたがホッとする時は・・・

 夫 土曜の午後9時
 妻 月曜の午前10時

シチズンが「あなたがホッとする時間は何時ですか?」というアンケートをとったら、こんな集計結果が出たそうだ。

夕べの「筑紫哲也のNEWS23」でやっていたんだけど・・・
笑っちゃいました。

だって、よーっく分かるんだもの。
この時間を選んだ理由が。

夫は恐らく週休二日で、土曜日はゴロゴロして金曜日までの疲れもすっかり取れ、休みはまだもう一日あるし、ビールでも飲んで、はぁ〜、極楽!ってトコでしょう。

妻は・・・うるさい夫や子供がようやく会社や学校へ出掛け、掃除・洗濯も一段落付いて、さぁて、美味しいお茶でも入れちゃおうかしら?って頃合い。

このすれ違いっぷり。
その情景が目に浮かぶようだ。

こんなのもある。
老後の生活について、夫は妻と旅行するとか、家族との時間をのんびりと過ごしたいと考える人が多いそうだ。
妻は地域の活動に参加したり、友達と旅行したりして、自分の時間を充実させたいと思っている。

さぁ、大変だ。
頑張って定年まで働き続けた夫が、いよいよ家族サービスをしようと思う頃には、妻は家の外にしっかりと自分の活動の場を作っていて大忙しなんだから。

そうなるまえに、夫婦の時間を大切に過ごしてないと、「熟年離婚」なんてことにもなっちゃうのかもしれない。
2人で楽しめる趣味を持つとか、「定年になったら、ゆっくり旅行に行こうね」ナンテ、漠然とでいいから話し合っておくとか、そういうことが出来ていれば、そんなことにはならないと思うけど。

ウチはだいじょうぶかな?

たしかに、居なきゃ寂しいんだけど・・・
休みの日に部屋の真ん中でドテーーーッと広がって居眠りしてたりすると・・・
邪魔ーーーッ!とか、思う。
(せめて、はじっこで寝て)
パソコンは共有だから、ダンナが使ってると私は使えない。
(平日は使い放題だから、ちょっとイラつく)
部屋、散らかすし。
(子供じゃないんだから、出しっぱなしにしないで)
月曜日、掃除が終わると、マジでホッとする。

ヤバイかな?

そこのおとーさん、お宅は大丈夫ですか?

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2005.06.10

スーパーのレジ袋、どうしてる?

スーパーのレジ袋の有料化を徹底するため、法律で規制するんだってサ。それらしい動きは少し前からあったけれど、いよいよ本気になったようだ。

なんだかなぁ・・・変なカンジ。

毎日、スーパーで買い物してる。
その都度、レジ袋をもらってる。
でも、余ったものはレジに返すようにしてる。

そう、たいてい余るんだな。

最近、まるで示し合わせたかのように、近隣のスーパーでくれるレジ袋が小ぶりのモノばかりになったんだよね。
以前だったら一番大きいのをくれる程度の買い物の量だと、中くらいのを2枚・・・とか。

なんでかなぁ?

大きい袋は、ゴミ出しに使えるから便利なんだよねぇ。
でも、小さいのは使い道が無くて、結局ゴミになる。
どっちが無駄かっていうと、そりゃ言うまでもない。
小さいのはゴミになって、ゴミ出し用の袋は買わなきゃならないんだから。
ビニールの総量から言ったら、大きいの1枚くれてる方がずっとエコロジーなんじゃないのかな。

マイバッグ持参して、レジ袋を全て断れば一番いいんだけど、ウッカリ持たずに出掛けてしまったり、ついでにスーパーに寄って買い物することもあったりして、「100%レジ袋ナシ!」にするにはけっこう厳しいものがある。

 なるべく袋を持参する(よう心がける)
 余ったレジ袋は返す
 少量の買い物の時は袋を断る

私にできるのは、せいぜいその程度。
無理してやろうとしても、続かないし。

でも、その程度のことでも、皆が心がけたらずいぶん違うんじゃないだろうか?

もらう方の意識もそうだけど、渡す側の意識も、もうちょっと変えた方がいいんじゃない?
袋、多めに渡さなくてイイよ。
どうしても足りなければ、もらいに行くから。
追加分に限り有料にするとか、そういうのもアリでいいし。

それに、袋を全廃にしたら、万引きと区別しにくくなるよね?たくさんの買い物して、全部にシール貼ってもらうわけにもいかないじゃない。
レシート見せれば誤解は解けるけれど、間違えられたってだけでも、あまり気分のいいものじゃない。
そのへん、どうするんだろ?

まぁ、いくら号令掛けても、ちっとも「レジ袋削減」が実現しないから、「んじゃ、法律で」ってことになっちゃうんだろうけど。
なんだか、それって幼稚じゃない?とか思ってしまう。

だいたい、なんでレジ袋ばっかりを目の敵にするんだか、そこんところも、よくわっかんないんだよねぇ。
無駄な物は、他にもいーっぱいあると思うんですけどぉ?

おじさんたちの、目につきやすいのかしらね?

法律で「えい、やぁッ!」って規制する前に、まだまだ、できることはあると思う。
お互いにね。

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2005.05.28

寂しい風景

昨日、母と待ち合わせをした。

場所は母と会う時にはいつも利用する、某デパートの1階の入り口。ベンチがズララ〜っと並んでいて、どちらかが多少遅れても(遅れるのは、たいてい私だ)座って待っていられる。

で、昨日も私は5分ほど遅刻した。
約束の場所ですぐに母を見つけたんだが、母は隣に座っている老人と喋っている。

偶然知人にでも会ったんだろうか?
だとしたら、会釈ぐらいはしないとな・・・んん?でも、あんな爺ちゃん、かーさんの知り合いにいたっけぇ?

などと、思いながら近付いて行くと、母はなんだかホッとしたような顔をして立ち上がる。
手には、きれいにラッピングされた小さな箱を持っている。
母は私をその老人に紹介するでもなく、サッサと歩き出した。

「チョコレートもらっちゃったわよ」
合点の行かない私に対し、母の発した第一声がソレであった。

つまり、ナンパですかい?

なんでも、その爺さん、御歳91才だそうで、いきなり話し掛けてきたんだとか。
そして、しばらく母が適当に相手をしていると、「話しを聞いてくれたから」と言って、その包みをくれたんだそうだ。
私には聞こえなかったが、私が近付いて行くのに気付いて、爺さんは「娘さんか?」と尋ね、母がそうだと答えると、「いいですねぇ、あなたはお幸せですねぇ」と宣ったらしい。

ふぅむ、話し相手の居ない孤独な老人であったのか。

ちらっと見ただけだが、身なりはきちんとしている爺さんだった。
爺さんが母に話した内容から察するに(それが事実だと仮定してのハナシだけど)、暮らしに困るようなこともない様子。
でも・・・
話し相手を求めて、何となく人が集まる場所に出てきたんだろうか。
カバンには、お礼に渡すチョコレートの箱を忍ばせて。

なんだか、寂しいよな。

だけど、孤独な老人なんて珍しい話しじゃなくて、他にもいっぱい居るんだろう。
それに、この先、もっともっと増えるんだろう。

あの爺さん、いつもあそこに座っているのかもしれない。
チョコレートの包みを持ってさ。
その情景を思い浮かべたら、すごく悲しくなった。


さて、その後、哀れなチョコレートは、即座にゴミ箱行きとなった。

見ず知らずの人にもらった物なんて、恐ろしくて食べられない。
それどころか、母も私も、家に持ち帰る気にすらなれなかったのだ。

「寂しい世の中になっちゃたわよねぇ」
包みを処分しながら、ぽつりと母が呟いた。

そうだねぇ。
いかにも善良そうな爺さんでさえ、疑わなければならない世の中なんて、寂しいよねぇ。
でも、あまりにも怖い事件が多すぎて、疑ってかからないと自分の身が守れない。

孤独な老人も寂しいが、簡単に他人を信じられない自分も寂しい。

いったい、いつからこんなふうになっちゃったんだろうね。

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2005.04.13

邪魔をするでない

ここのところ、ニュース番組では先日の中国での反日デモについて盛んに取り上げていて、韓国の方はどうなっちゃったんだかサッパリ報道されなくなってしまったけど、いずれにしてもご近所が何かと騒がしいことに間違いは無い。

中国政府のコメントによると、この騒動の全責任は日本にあるそうな。
まぁ、たしかに、戦後教育の中で加害者としての歴史を教えてこなかったのは事実。
でも、それは積極的に歴史を歪めようとしているというよりは、臭いものにはとりあえず蓋をしてしまいたがる日本人の国民性ゆえのような気がするんですが。
(だからといって、褒められたものじゃないってことも、もちろん承知している)
教育の場で語られなくとも、様々なメディアを通して、当時の日本に何が起こっていたのか、その結果何をしでかしてしまったのか、知ることはできる。
そこから何かを学び取り、二度とそんなことを繰り返してはならないと自覚することもできる。
それじゃダメなんだろうか?
ダメなんだろうな、きっと。

中国政府が「日本の国連常任理事国入り・・・云々」と言い出した時点で、この反日デモは政府も容認しているとの疑惑が、ほぼ確信に変わった。
なにがなんでも、阻止したいらしい。
常連理事国入りは日本政府の悲願みたいになっちゃってるけど、一国民の私としては「どーでもいっいですよぉ」って感じ。

なんだか、ますますこの反日デモは「中国人はこんなに怒ってるんだぞッ!」ってことをアピールするために利用されているだけのように思えてきた。
そうやって映像を見ると、嬉々として破壊行為におよぶ人たちの姿が、哀れにさえ見えてくる。
自分の国の国旗が燃やされ、踏みつけにされて、何も感じないわけじゃない。
そのくらいの愛国心は、アタシにだってある。
でも、だからといって、中華街に行って石を投げてこようとは思わない。
中国人だというだけで、色眼鏡で見たりはしない。
ああいった行為をしているのは、ごく一部の人で、大部分の人たちが普通に仲良くしたいと思っていると信じたい。
韓国なんて、サッカーのワールドカップ共催や韓流ブームで、市民レベルではすっかり友好ムードになっていたのに、それに冷水をぶっかけるようなアノ騒ぎ。
しかもその背後に政治の思惑が垣間見える。
やめてくれ。
人心を惑わすな。
邪魔をするな。
一人一人はみんな仲良くしたいと思ってるのに、なんで国家が邪魔をする?

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2005.04.08

さくら・さくら・さくら

日本人って、なんだってまぁ、こんなに桜が好きなんだろう?
3月の声を聞くか聞かないかのうちに開花予測が出され、しばらくするとアッチで咲いた、コッチは五分咲きだ、と、毎日大騒ぎ。
普段は花なんぞ愛でたことも無い人も、「桜だ、花見だ」とはしゃぎだす。

変な人たちだ。

春は、日本人にとっては1年の始まり。
正月は正月で祝っておきながら、やっぱり、1年の始まりは4月。
学校も、役所も、ほとんどの会社も、年度始めは4月。

春といえば、種まきの時期でもある。
もしかして、日本人というのは、やっぱり農耕民族で、春の訪れをDNAレベルで待ち望んでいるのだろうか?
その春の訪れとともに、一気に咲いて、一気に散る桜に、日本人のハートは揺さぶられてしまうのかもしれない。

かくいう私も、ほとんど毎年、花見に行く。
ここ数年は近所の寺の裏山に、ちょこっと足を運ぶだけなのだけれど。
そんな花見でも、行かないと、なんだか大事な約束をすっぽかしてしまったかのような気分になる。

今年も、既に満開の様子。
明日にでも、行ってみようと思っている。

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2005.03.28

それは、違うんじゃない?

ニッポン放送にレギュラー出演しているパーソナリティ諸氏が、「ライブドアが経営権を握ったら降板します」宣言をしたというニュースを見て、なんだか妙な違和感を感じていました。
ただ、何が、どう、「おかしい」のかモヤモヤしていたので、これまで発言は控えていました。

でも、昨日の「サンデージャポン」で井筒監督の発言を聞いてモヤモヤは去りました。
これよ、これっ!
井筒監督曰く・・・
「経営者が変わったって、何も変わらない。本当にリスナーのためを思うなら、これまで通り良い番組を作り続けていくのがスジってものだ」
要約すると、こんな感じ。

テレビを観ながら、思わず拍手しちゃいましたよ。
さすがです、井筒監督っ!
至極まっとうなご意見、ありがとうございますっ!

リスナーにとって「経営者が誰か」なんてのは、どうでもいいこと。
楽しみにしている番組がこれまでどおり放送され続ければ、それでオッケーなんですから。

もしも経営者の方針で、番組の作り方を変えなければならない事態になってしまったら・・・降りるのはそれからでも遅くないです。
だいたい、せっかくの人気番組を、リスナーが離れていくような形に変えてしまうようなこと、まともな経営者ならしないでしょ。

今の段階で「降板宣言」するなんて、ホリエモンに対する嫌がらせとしか思えないですよ。
大人げないと言うか、なんというか、少なくともぜんぜんリスナーの方を見ていない行動だと思いますけど。

別にホリエモンの肩を持つ気はないけれど、ちょっと引っ掛かっていたので書いてみました。

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2005.02.23

あるふぁりぽ・・・サン?

なんだか、巷では話題騒然となっているみたいですね。
日曜日の「あるある」で紹介された、アルファリポ酸。
近くのドラッグストアを覗いてみたら、そこだけスコンと空っぽになってました。

私は、母が電話をかけてきて大騒ぎしてくれたおかげで知ることとなったのですが、ウチの母ったら、「イイのがあるみたいなのよー。アンタにも教えてあげようと思ってー」などと大騒ぎしてるくせに名称をウロ覚えで・・・さすが、私の母というか、なんというか・・・しっかりして下さい。(blogで話題になっていたので、名称はすぐに判明シマシタ)

私はぜんぜん太っていないんですが、血中の中性脂肪がちょっとだけ基準値オーバーしてるんです。
食生活もどちらかと言えば気を使っている方なので、むしろバランス良いはず。
母もそうですし、母方の親戚に「太ってないのに中性脂肪が多い」という人が数名居るので、体質的なものなのかもしれません。

そういうわけで、このアルファリポ酸もいいんじゃないか、ということなのですが・・・
無いんじゃ、しょうがないやね。
中性脂肪を減らすには、やっぱり、運動するのが一番!だそうです。
でも、それが一番大変だったりするんですよねぇ。
また、スポーツジムにでも通うかなぁ。

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2005.02.18

悪いのはゲームばかりではあるまい

ちまたで起こる、痛ましい事件。
そういう事件のニュースを見て、「あぁ、またか」と思うようになってしまいました。
そして、ゲームが悪者にされると「あぁ、またか」と思うんです。

少年がゲームに没頭するあまり、現実と仮想との区別ができなくなった?
それって、ゲームのせいなんでしょうか?
区別ができなくなるような心と頭しか持ってない子供にしてしまったことの方が、問題なんじゃないですか?

ゲームがまったく影響を与えないとは、私も思いません。
でも、青少年に悪影響を及ぼすモノは他にもいっぱい有ります。

じゃぁ、それを全部シャットアウトすればいいんでしょうか?
無菌状態で子供を育てることが、健全な育成なんですか?
子供がそういったものに興味を示すのは、ごく自然なことだと思います。
大事なのは、そういったものとの正しい距離の取り方を知っておくことなんじゃないでしょうか?
ある程度は雑菌に触れさせ(あくまで「ある程度」ですよ)、嫌悪忌避させる心を養っておく方が、よっぽどいいんじゃないでしょうか?
その方が、親の目が届かなくなった時に、ドップリと深みにはまってしまう危険性が低くなると思うんですが。

ま、子供も居ない女の戯言ですけどね。

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2005.01.21