最終話へのカウントダウンが始まった「銭ゲバ」
次から次へと「銭のためなら何でもするズラ」とばかりに、風太郎の周囲の人たちが転んで行った。
風太郎を逮捕することに執念を燃やしていた刑事は、妻の病を治すために風太郎に頭を下げた。
「世の中お金じゃないよ」と楽しそうに笑っていた定食屋一家も、いざとなったら最悪の行動に出た。
どちらも家族を守ろうとしての必死の行動なんだけど、やっぱり必要なのは金。
家族を守るのにも金が要る。
どんなにキレイごとを並べてごまかしても、それは否定しようの無い現実。
そのことを真っ正面から突きつけられるんだから、このドラマは気楽に見ていられないのである。
見ていてアチコチ痛いのである。
「世の中、お金が全て」という風太郎の信念が正しかったことが証明されるに従い、彼は追いつめられて行く。
追いつめられて、とうとう腹にダイナマイトを巻き付け導火線に火をつけた。
「追いつめられて」というのは間違ってるな。
べつに、風太郎は絶望して死を選んだわけじゃないと思うし。
まぁ、どうでも良くなった、と。
それ以前から、覇気が無くなっちゃったみたいな、終始かったるそうな感じだったしね。
このドラマは余計な描写を一切入れないから、風太郎が死を選ぶまでの心の動きが、ちょっと分かりにくいかもしれない。
アタシは、茜の自殺が大きなダメージを与えたんだと考えたのだけど・・・
それは大切な人を失ったとか、茜を死に追いやった罪悪感とかいう、そういう問題ではなくて。
「金持ちになって幸せになる」
そう、幼い自分が決意を示した場所で、金持ちになった風太郎は死のうとしているのである。
金なんかあっても、ちっとも幸せじゃないのは自分が一番よく分かってる。
お金にすがりついても、何も与えてはくれない。
それなのに、誰も彼も自分も含めて、金のために躍起になる。
矛盾してる。
バカらしくてやってらんないと思っちゃうよね、そんなの。
じゃぁ、金の他に何かあるのかって見渡してみても、だぁれも幸せそうじゃない。
どうすれば良いのかも分からないし、やり直すだけの気力も無い。
あぁ、もう、面倒くせぇって思っちゃうよね、きっと。
「自分は間違っていない」と言い続けていた風太郎は、意識の奥底では自分の信念を否定して欲しかったんじゃないのか?って思うんだな。
自分が間違っていることを、誰かに証明して欲しかったんじゃないの?
この世には金ではない何かがあって、ここが生きるに値する場所だ、と。
だけど、みんな転んじゃったし、風太郎に「お金ではない何か」を与えてくれたかも知れない人たちはみんな死んでしまった。
母親も、新聞屋のお兄ちゃんも、茜も。
茜は、風太郎の信念が間違っていることの証のような存在だった。
金持ちの家に生まれても、決して幸せではなかった茜。
風太郎を愛することで、ようやく幸せを手に入れた茜。
自分の信念が間違っている証拠みたいな人に目の前をウロウロされたら、そりゃイライラしてキツく当たりたくもなるだろう。
でも、もしも茜が生きていてくれたら、風太郎が茜を愛するようになるかどうかは別として、彼の信念を打ち砕くきっかけにはなったはずだ。
だけど、自ら命を絶ってしまった。
「生きていようが死んでいようが、どうでもいい」などと言っていたけれど、風太郎にとって茜の死は、やっぱり大きかったんだと思う。
もしかしたら何かあることを証明できたかも知れないのに、勝手に死んじゃって、なんだよ、やっぱり何も無いじゃないかよ
・・・って感じかな。
風太郎に「何か」を伝えられるかも知れない人物は、あと2人。
父親と、緑。
健蔵は風太郎にお金を返しに来た。
多少は散財したとはいえ、要らないと言って金を返したのは、健蔵ただ一人である。
どうしようもないロクデナシだけれど、侮れない男だ。
風太郎が死のうとしていることも、敏感に察知していたようだし。
彼が息子のために何かするのか、それとも何もしないのか・・・
まぁ、少しくらいは何かして欲しいとは思うけど、何かしたところで今更な気もするしな。
で、もう一人の緑。
緑さんは苦しそうである。
決して許すことが出来ないはずの風太郎を、どこか憎みきれずにいるような。
どうしようもなく憎いんだけど、時々、ふっと同情のような愛情のような感情が顔を覗かせているような。
自分自身でもワケ分からないグチャグチャな状態なんじゃないかと。
「見届ける」と言っていた緑は、風太郎に死ぬことを許すんだろうか?
「世の中、銭ズラ」と言い切っちゃったこのドラマが、いったい最終的に何を見せてくれるのか。
次の最終回、覚悟を持って見届けようと思う。
で、月9の「ヴォイス」も、「銭のためなら何でもするズラ」とばかりに自殺した男の話しだったので、あららぁ〜と、思っちゃったわけで。
それに、また、やっちゃってるし。
なんなの、まるで自殺を賛美するかのような、このドラマって?
死ぬことも、生きることもさ、そんなにキレイなもんじゃないよ。
この脚本を書いている人は、本当にそういうことを分かって書いているんだろうか?
そういうアタシだって本当に理解しているかどうか怪しいもんだけど、それでも、ちゃんと分かっていたら、こんなチャラチャラした話しは書けないと思うんだよね。
このドラマで描かれる生き死には、あまりにも軽い。軽過ぎるよ。
まるで、お伽噺みたい・・・って書こうとして、お伽噺だってもっと風刺とか教訓とか含まれてるよなって思ったわ。
回を追うごとに加地がイヤな男になって行くしね。
もはや確信犯的KYにしか見えんわ。
瑛太は割と好きなのに、これを機にイメージが悪くなったらどうしてくれるのさ。
同じように銭のために何でもする人物が出て来て、それを「家族を守るための覚悟」として美化しちゃうのと、「しょせん、銭なんだよ」と言い切っちゃうのと、どっちを支持するかっていうと、アタシは後者。
キレイごとを並べて死者を飾り立てておいて実は逆に命を軽んじているのと、キレイごとは一切言わずに何の説明もなくバンバン人が死んでいきながら、でも生きることの意味を真っ正面から突きつけて来るのと、どっちを支持するかっていうと、アタシは後者。
たとえチクチク痛くっても、アタシが見たいと思うのは後者の方だ。
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