「鹿男あをによし」 最終回
感想は・・・特に無いです。
ウソです。
なんだか、ふぅ〜ん・・・って感じ終わっちゃったものでね。(案の定、事後処理モードだったし)
必ずしも色恋沙汰を絡めなくたって、面白いドラマは作れるだろうに、どうしてこうなっちゃうかな。
藤原先生を女性(原作では男性)にした時点で、その流れは出来ていたんだろうけど・・・
べつに綾瀬はるかは嫌いじゃない(むしろ好きだ)し、藤原先生のキャラクターも良かった。
このキャラが居なければ、ここまで面白くはならなかったような気もするんだけど・・・
最終回では、どうも藤原先生の存在が邪魔で、物語の焦点がぼやけてしまったような印象がある。
堀田イトのちょっと切ないキス1つに絞った方が、よっぽどロマンチックだったんじゃないかとアタシは思っちゃうんだな。
さて、鎮めの儀式は実に淡々としたものでした。
リチャードも一緒に立ち会っていましたね。
良かったじゃん、リチャード。
歴史学者としても、一般人にとっても、貴重な儀式を見られて。
誰かに自慢しようにも、誰も信じちゃくれないだろうが。
この儀式は、大ナマズを鎮めるのと同時に、鹿たちに命を与える儀式でもあったのね。
「目」を入れることで、次の順番が回って来る180年後まで生きながらえる、と。
彼らがそうまでして役目を果たし続けるのは、自分を美しいと言ってくれたヒメミコの願いに応えるため。
「おまえ、恋をしたのか?」
「寂しくはないのか?」
そう問いかける小川先生に、鹿は無言。
なんかね、とっくに死んでしまったヒメミコのために、気の遠くなるような時間を生き続けながら約束を果たしている鹿の気持ちを思うとね、切なくなっちゃったりなんかしたわけ。
誰かが、そのお役目から解放してあげることは出来ないのかな?とか、すぐに思っちゃうんだよね、アタシは。
まぁ、この鹿さんの性格なら、心配は要らないと思うけど。
お役目を果たすことが、鹿にとっての幸せなんだろうし。
儀式が無事に終わって地震も治まり、世は全てこともなし・・・かと思いきや、鹿アタマを元に戻してもらえるのは、小川先生か堀田のどちらか1人。
鹿ーーーっ!![]()
同情して切なくなったの取り消しだ、こらっ!
「叶える願いは1つだけ」って、なんつー融通の利かない。
「2人の顔を元に戻す」で、お願い1個でいいじゃんかー!
そうだ、そうだった。
コイツら、アヤカシには人の道理は通用しないんだったわっ。
心優しい小川先生は、当然、堀田の顔を戻すことを選択。
その事実を知った藤原先生は鹿に詰め寄る。
あまりの剣幕に、鹿はぽろっと口走る。
「教えられない」
「教えられない」ということは、「知ってる」ってことだ。
けっきょく、食い物につられて(そうじゃないだろ)、顔を元に戻す方法を白状したらしい。
かくして、無事に、小川先生の顔は元に戻った。
ほらね・・・
その前に、藤原先生とのキスシーンがあるもんだから、堀田のキスがかすんじゃった。
小川先生と藤原先生の恋の行方なんかよりも、堀田の先生対する淡〜い恋心の方が、ずっと心に染みる。
ノスタルジー感じちゃうわけ。
それ、アタシがババァだってことか?!
とにかく、堀田の印象が薄かったのが、残念だなぁと思った。
全編を通して、もっともっと存在感があって良かったと思う。
多部未華子ちゃんなら、可能だったと思うんだよなぁ。
でも、綾瀬はるか演じる藤原先生のキャラがそれ以上に強烈だったもんで、二兎を追うもの一兎をも得ず状態になっちゃった。
いちばんグッときたのは、小川先生と鹿との間に芽生えた友情だな。
電車に乗って去って行く小川先生を、鹿が見送りに来る。
それに気づいた小川先生が、じっと鹿を見つめ・・・
これまでの出来事がフラッシュバック。
何のセリフも無くても、小川先生と鹿との絆が感じられてジワッと来た。
あっちもこっちも、全て丸く収まり一件落着。
リチャードは・・・
小川先生、「鹿に卑弥呼の墓の場所を教えてもらった」とか、テキトーなこと言ってたからね。
まぁ、このくらいの仕返ししてやっても、バチは当たらないでしょう。
鹿も、しばらく退屈しないで済みそうだし。
めでたし、めでたし、ですな。
蛇足:
で、けっきょく、福原は単なる勘のいいオトコだったっていうオチか?
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